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そのあとの今西さんの話は、私の頭ではすぐには理解が追い付かなかった。魔法を使って夫にカレーうどんを食べさせたいというのだ。
「それはつまり……棚原先生には内緒で食べさせるってことなのね?」
「それは、そうです。棚原先生は私のこの力のことはご存じありませんから」
これまで好もしく思えていた上品な物言いも、優しい仕草も、急にうさん臭く見え始めるから不思議だ。
「そうですか……そうねえ……」
こんなにもエキセントリックなことを言う人だとは思いもしなかった。うっすらと背中が寒くなる。人は見かけによらない。機嫌を損ねずにいかに断るかが大事だ。
私の逡巡を読み取ったらしい今西さんは、いつになく強い口調でたたみかけるように言葉をつなぐ。思いがけない押しのつよさにまたたじろぐ。
「奥さん、すぐに信じていただけないのは当たり前だと思います。ただ、これをみていただけますか?」
今西さんは、私の返事を待たずに右手の人差し指で私がさっき畳んだばかりのタオルを指さした。つられてそちらに目を向けて、今度はわが目を疑った。
タオルが、折りたたまれたその形のまま、ふわりと宙に浮かんだのだ。思わず悲鳴がこぼれる、とタオルは力を失ってまたソファの上に舞い戻った。
「驚かせてすみません」
今西さんは心細そうな表情になって私の顔を覗き込んだ。
「今の、なんなの? あなた、手品がお好きだったの?」
情けないことに声が震えている。目の前の人が得体のしれない化け物にも思える。
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