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「手品ではないんです、これが私の魔法なんです」
隣の部屋から、あの人のうなるような声が聞こえた。それにこたえる余裕などない。あの人は、催促するように声を上げた。
「ご主人にもお見せしたんです。それで、先ほどの、お好きなものを召し上がっていただくというお話になったんです」
「魔法で……本当に魔法なんかで、なんでも食べられるようにできるっていうの?」
体が震えて止まらないのは、怒りだった。あの人が何を食べてもむせるようになり、細かく刻んだり柔らかく炊いたご飯をつくっていたこと、それさえも喉を通らなくなり嫌がるのを説得して胃婁をつくらせたこと、そんな私たちの苦労を、無念を、この人はわかってこんな悪い冗談を言うのだろうか……
「そんなバカな話、信じられるわけないじゃないですか!」
思わず声が大きくなる。
「帰ってください」
そういうのが精いっぱいだった。今西さんは、ふとあの人のほうを気にするそぶりを見せたが、黙って頭をさげるとそのまま何も言わずに荷物を持って出て行った。
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