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いつものとおり、朝の用意を終えてヘルパーの今西さんが帰ろうとしているとき、あの人はわざわざそれを呼び止めて、何か伝えようとしていた。ただでさえ夜中に失禁したせいでシーツの交換に手間取って予定時間を過ぎていたから、私が後をひきとって聞いておこうとしたが、焦るものだから余計に聞き取れない。
「あれ……?あれってなに?あれ……うろん??あれうろ……」
「カレー……うどん……ですか?」
今西さんは、いつもの穏やかな口調で聞き取ると、あの人は、泣きそうな顔になって何度もうなずいた。
「カレーうどんですか……確かにおいしいですよね」
今西さんもそれにしきりにうなずいている。
「さっき清拭しながら、何か召し上がりたいものがないかうかがっていたんです」
今西さんは私のほうを振り返って落ち着いた口調で説明してくれた。
「そのお返事をしてくださったんですね」
食べたいものと聞かれてカレーうどんをあげた夫にも驚いたが、ここにきて今更食事の話をする今西さんには正直がっかりした。日が浅い若いヘルパーさんなら仕方がないが、もう長い付き合いになり夫の体のことを理解してくれていると思っていたのに、いまさらカレーうどんなんて食べられるわけもないものの話をするなんて、非常識じゃないかと軽い怒りさえわいた。
「だけど、食べられないものね」
私は我知らずきつい口調で返事をした。
「ええ……そうですね……」
とはいえ、その時はそこまでだった。まさか、今西さんの口からあんな奇妙な提案が出るなんて思いもしない私はその話も半分忘れていた。
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