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次の日は棚橋先生の往診だった。
「順調ですね」
先生は、夫に布団をかけると、いつもの眉毛が下がって頼りなく見える笑顔で声をかける。
「何か気になることはありませんか?」
あの人は、黙って首を横に振る。初めてあったころはまだひよっこの風情で頼りなかった棚原先生の目尻のしわに気が付いて、わが子を見るような感慨に打たれる。
先生の好きなカステラをお茶菓子に、あの人のベッドの隣でお茶をだす。はじめは病人の横でおやつを食べることに難色を示していた先生も、人が食べるのを見ているだけで自分も食べた気になれるから、というあの人の希望を汲んで今では当たり前にお代わりまでするようになった。
「先生、ちょっとお腹出てきたんじゃない?」
「え、そうですか……」
きつそうなベルトを見下ろしながら先生は薄くなってきた生え際をかく。
「いやあ、四十の壁ですねえ……」
「何言ってるの、四十なんてまだまだ若者でしょう」
先生は照れ隠しのように遠い目をする。
「原田さんに初めてお会いしたのは僕がまだ二十代のころですよ」
「もうそんなになるかしら」
「これだけお元気でおられるのは奥さんのおかげですね」
先生が微笑みかけると、夫はにやりと笑い返す。
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