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「横山さん、トイレに行かせてください。この手枷を外してください」
「横山さん、洩れそうです」
私は患者の声を無視しました。「ああっ」と嗚咽があちこちのベットから聞こえます。私は人間なのでしょうか。
「うるさい、うるさい、うるさい」
枕で患者を叩きました。そして三か月が経った頃でした。
「横山卓也、暴行罪で逮捕する」
私が一度だけ患者を枕で叩いた動画が誰かに撮られていて弁護士から警察に通報されたのでした。取調室に連れて行かれました。
「お前、詐欺で訴えられているよ。家のローン払わずに逃げてんだろう。それでアルバイトであの病院に入ったんだな。隠れ蓑だな。患者を虐めて楽しいか。最低だぞお前、それでも人間か」
「私は助けようとしたんです。ですが院長に命令されていたんです」
「ふざけんなあの院長先生はな、役所がお手上げになった患者を助けてくれているんだ。お前とはわけが違う」
「違う、あの院長は患者を物と考えている。あの院長こそ人間の屑だ、どうしてあんな屑がのうのうと蔓延っているんだ。あいつを何とかしなければ患者はみんな死んでしまう」
「お前、頭大丈夫か?」
警察は家内と息子に電話を入れました。
「精神鑑定する。お前の家族は好きにしろとさ」
警察が笑いました。連れて行かれたのはあの病院です。鑑定するのは院長でした。
「うちで引き取りましょう。どうせ身寄りはいないんでしょ」
「いやだ、いやだ」
「静かにしなさい」
注射を打たれて意識を失いました。
「横山さん、オムツ替えますよ」
私の担当は鈴木でした。
「院長はどうなりました?」
「今日は看護助手を連れてゴルフに行っています。だから人手不足で忙しいんです」
この国は終わりだと思いました。衰退するのは当然だと思いました。
「はい終わりましたよ」
「ありがとう。さっぱりしました」
「横山さんもご苦労されたけど、やっと安住の暮らしにたどりつきましたね」
そうなんでしょうか。寝て食って歩けるのに垂れ流している私は安住の暮らしをしているのでしょうか。浮浪者が懐かしい。浮浪者に戻りたい。院長を殺したい。
了
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