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「私を覚えていますか?」
彼は笑みを浮かべて訊きました。私は見覚えがありませんでした。
「そうでしょうねえ、私達のことなど気に掛ける訳がありませんよね」
「失礼ですがどちら様でしょうか?」
私は彼の胸にある名札を見ても想い出せませんでした。
「あなたは横山さん、横山陽介さん。太陽の陽に介助の介と書きますよね」
「どうしてそこまで?」
「総務課の係長さんですよね、私はあなた達のロッカールームを掃除していた者です」
想い出しました。自社ビルの私達のフロアを担当していた清掃員です。
「ああっ、あなたは」
「想い出しましたか、10年間横山さん達のフロアを担当していました。10年ですよ、普通名前ぐらいは憶えていてくれていますよね?」
「悪いが覚えていません」
「いいですよ謝らなくても、気になりませんから。柴田です。今度は覚えてくださいよ。でもあなたから言われた一言が胸に刺さっています」
「何でしょうか?」
私は清掃員とも普通に挨拶を交わしていました。しかし余計なお喋りなどしたことはありません。
「横山さんが咳き込んで塵箱に痰を吐いていました。私が衛生的に良くありませんよと言ったら横山さんがなんとおっしゃったか覚えています?」
仮に会話をしたとしても一々を覚えてはいません。
「覚えていません」
「掃除夫だから仕方ないだろうと言われました」
私はまさかと思いましたが、彼が嘘を吐いているとも思えません。もし事実だとすれば私はなんと恥知らずな男でしょうか。
「申し訳ありません」
謝る以外にありません。この職場では大先輩です。この職を失えば次はあるのでしょうか。
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