蠱惑Ⅱ『矯風』

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蠱惑Ⅱ『矯風』

  バブルが弾けた後のやりくりで、にぎり・とばしと言ったその場しのぎのインチキを繰り返し、私が30年間働いていた証券会社が潰れました。社長は『社員は悪くない、全部私の責任である』とマスコミを前に頭を下げました。ですが私達は謝ることさえも出来ませんでした。まさかうちの会社が潰れるなんて社員の誰一人として考えていなかったでしょう。ずっと上の方の一握りの役員だけが準備万端後は宜しくと消えてしまいました。自宅はローンが終わり買い替えたばかりでした。10年ローンを組み退職までに完済する予定でいましたが、今月から収入は途絶え、返済もままならない。退職金とこの家を売ってマンション暮らしで添い遂げようと妻と約束したばかりでした。 「あなたどうするの?どうやってローンを支払うの?」  収入も安定していて、老後の生活設計も立て、お互いが趣味を持ち、心にゆとりがある時の感情には相手を庇う余裕さえありますが、それが崩れ去ると余裕は消え、相手に対して憎しみが湧いて来るのはどうしてでしょうか。家内は私のせいで会社が潰れたぐらいに思っているようです。 「仕方ないじゃないか、私が何も知らないうちに潰れたんだ」 「知る立場にいればこんなに焦ることありませんよ」  家内は私の出世のことで嫌味を言い始めたのです。30年もいたのに倒産が分かる立場にいれば余裕を持って対応出来たと考えているようです。確かにそれはありますが、9割以上の社員が寝耳に水でした。 「とりあえずこの家は引き取ってもらおう」  まだ築2ヶ月の自慢の注文住宅でしたが私が契約した半分しか出ないと聞いて驚きました。 「おかしいじゃないか、一億が二か月で半分になるなんて」  私はハウスメーカーに喰いつきました。 「でしたらお売りにならずにお住まいになるのが一番宜しいと思いますよ」  それが出来るならこんな思いはしていない。それでも仕方なく引き取ってもらうしか選択肢はありませんでした。不足分は私が10年掛けて支払うのです。ですが事務屋に何が出来るでしょうか。2Kのアパート暮らしになった私は毎日職安に足を運び仕事を求めましたが、答えは同じです。
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