楓翔 Happy Birthday

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自然と目が覚めて、こんな珍しいこともあるものかと思いながら手を伸ばしてまさぐってみたけど、手のひらからはシーツの冷たい感触しか伝わってこない。 いま何時だ……? 上半身を起こして、やっぱり隣には誰の姿も見えなくて、スマホのディスプレイを見てみると10:08という数字が表示されていた。 さすがにこの時間だともう起きてるか。 「寝すぎた……」 俺の恋人は、基本規則正しい生活をする人だから、俺みたいに起きる時間がバラバラ、なんてことはまずあり得ない。 反して俺は、授業がある日以外は寝れるだけ寝る人なわけで。 ベッドの右半分が冷たくなってるのは少し寂しいけど、でもそれが真弥さんだと分かっているから、このままずっと変わらないで欲しいとも思う。 「真弥さーん……おはよ」 言いつけの通りかけ布団を半分に折りたたんで中のこもった空気を外に逃がしてから、俺は一階のリビングに向かった。 「もうおそようの時間ですよ」なんて呆れ声が返ってくるんだと思ってたのに、俺の耳には何も届かなかった。 というか、思えば家全体が静かな気がする。 「真弥さん……?」 洗面所とかベランダとかも探してみたけど、真弥さんの姿は見当たらない。 玄関を見てみると、靴がない代わりにいつも家で履いているスリッパが置いてあったから出かけたんだと分かった。 起こさないように気遣ってくれたのかな……。 一度寝入ったらなかなか起きないこと、知ってるはずなんだけどな。 というか行ってらっしゃいって俺も言いたいのに。 そう思いながらリビングに戻って、そのまま隣のダイニングに移動すると、ダイニングテーブルの上に一枚のメモ用紙が置かれていた。 そのメモ用紙は真弥さんが仕事の時によく使っているもので、格子状の罫線が入っているから使いやすいんだと、常にストックまで用意しているぐらいには愛用している。 そんなメモ用紙には、見慣れた真弥さんの文字で俺宛にメッセージが書かれていた。 【おはようございます。昨日はお疲れのようでしたがよく寝れましたか?冷蔵庫の中に朝ご飯入ってるので必ず食べて下さいね】 脳内で余裕で真弥さんの声でそのメッセージが再生されつつ、言われたとおりに冷蔵庫の中を見てみると、中にラップのかかった一枚のプレートがあった。 サラダと、その隣には楓翔が好きなカツサンドがのっている。 「絶対食べろって言われたしな……」 真弥さんと暮らし始めてから食生活の改善が行われて、ようやく三食きちんと食べるようになった。 でも朝にはとことん弱い俺だから、未だに朝ご飯を食べないこともあって。 起きてすぐだから食欲は湧いていないけど、今回ばかりは言われた通りに食べることにした。 頭を働かせるためにコーヒーを淹れて、これまた言いつけの通りいただきますを言ってからカツサンドに手を伸ばした。 一口食べてみると、慣れ親しんだソースの味が口の中に広がって、また一口、もうまた一口と勝手に食が進む。 「美味い」 パン屋さんで買うサンドイッチも美味しいけど、カツサンドだけは真弥さんが作ってくれるヤツの方が好き。 たっぷりの肉の周りの、多すぎず少なすぎない衣に、千切りキャベツと真弥さん特製のソースが最高に合う。 初めてこれを食べた時、今まで食べたどのご飯よりも一番おいしいって思った。 真弥さんには大袈裟だって笑われたけど。 「昨日の夜作ってくれたのかな……」 真弥さんだって、昨日は仕事だったはずなのに。 作ったのが昨晩にしろ今朝にしろ、時間がない中俺のことを想って作ってくれたことだけは分かって、見えない優しさが嬉しかった。 そんなことを考えているうちに、気が付けばプレートの上に合ったサラダもサンドイッチも綺麗さっぱりなくなっている。 「ご馳走さま。ありがと真弥さん」 珍しく完食することができた食器を片付けるためにキッチンへ行くと、洗い場にも一枚の紙が置かれていた。 【洗ってくれてありがとうございます。面倒臭がらずにちゃんと歯みがきして下さいね】 俺が洗う前提で書いてるし……。 たかがプレート一枚だし洗うけどさ。 メモ用紙が濡れないように端によけてからスポンジに洗剤を付けつつ、俺はさっきから一つ不思議だった。 ご飯食べろも、歯磨きしろも、普段から耳に胼胝ができるぐらいに聞いてるけど、なんで今日に限ってメモに残してるんだろう? 気まぐれにしては律儀すぎると思うんだよなぁ。 よく分かんないけど、でも真弥さんのすることだからきっと意味があるんだと思う。 俺のことを変えてくれた真弥さんが、無意味なことをするような人だとは思えないし。 さっきから謎は解決しないけど、”メモの通りに動く”っていう真弥さんの何かしらの意図に、今日は付き合ってみることにした。      * その後も、家の至るところでメモ用紙を見つけた。 【髪は格好良くセットしてくれたら嬉しいです】 【ちゃんと着替えてくださいね。今日は寒いみたいですからしっかり防寒すること】 【おやつとか間食したらダメですよ】 などなど。 いつの間にこんなものを用意したんだと、バイトで疲れていたとはいえ全く気づいていない昨日の自分に苦笑していると、メモ用紙の誘導に従った俺は気が付けば玄関まで来ていた。 そこで、きっとこれが最後だと思うメモ用紙を見つける。 【ここで待っていますから。必ず来てくださいね】 そんな文字と共に書かれていたのは、超簡略化された地図。 でも、その地図がどこを指しているのかはすぐに理解できた。 学校だ。 それも、俺がいま通ってる大学じゃなくて、通ってた高校の方。 「なんで今更高校……?」 わけ分かんないしいよいよ真弥さんの意図が汲み取れないけど、とりあえず着替えて、しっかりとマフラーも巻いてから自転車に飛び乗った。      * 一年近く通っていなくても、すっかり染み付いてしまっている通学路を通って学校に着くと、校門の前に見慣れた顔があった。 「え、壮斗…?」 「お、やっと来たか」 校門の前で俺のことを待っていたらしい壮斗は、赤くなった手を自分の息で温めながら、遅いと俺に文句を言ってきた。 仕方ねぇだろ。 そもそも待ってるなら待ってるから早く来いって連絡入れろよ。 「お前、連絡入れたって朝は見ねぇだろ」 「そうだけど」 心の中まで見透かされて、高校の時からずっとそうだけど、壮斗にはどんだけ拗ねても無駄だからなんかムカつく。 壮斗いわく俺は分かりやすいらしいんだけど。 思ってることが顔に出てるんだってさ。 「不機嫌な時は特にな」 「お前もう俺の心読むのやめろ。間に合ってんだよ」 「お、浅ちゃんも読めるタイプか」 「マジで喋んのストップ」 はははっ、って壮斗は楽しそうに笑ってるけど、俺は心底面白くない。 ぶーたれた顔もそのままに事務所で来校者カードをもらってから、スリッパに履き替えて廊下を歩いた。 一年前は上履きで走り回ってたのに、れっきとした卒業生なのに、今じゃ許可証がないと校内に入れないんだから、なんか変な感じだ。 スリッパゆえに感じるひんやりとした空気にも慣れない。 「ほら、こっち」 「上ってほぼせんせー専用フロアみたいな感じじゃん。どこ行くんだよ」 俺たちの高校は大きく二つの棟に分かれていて、一つにはほとんど俺たち生徒のホームルームが、もう一つには職員室から始まり準備室とか図書館とかがあって、それぞれA棟とB棟って名前が付けられてる。 いま俺たちが歩いているB棟は職員室がある方の棟だから、当然上の階には教室なんてないわけで。 せめて使った記憶があったとしても、化学基礎の時間の実験のために理科室を使ったことぐらいだ。 ゆえに、在校生の間では、B棟は”先生専用”って言われてた。 卒業した俺たちが何で今更そんなところに行かないといけねぇんだ。 「先生専用フロアだから行くんだって」 「だからそれは知ってるって。準備室とかしかねぇんだから」 「そうだな」 「……ん?」 準備室、と、そう口にして、引っかかるものがあった。 そして俺の隣には、なぜか自信満々な表情を浮かべている壮斗。 そんな俺たちが足を止めたのは、見慣れたドアの前。 ドアの左上には、”数学準備室”の文字。 そうじゃん。 俺、よくここ来てたじゃん。 ついでに、朝からいないなと思っていた人の居場所もようやく分かった。 こんなところにいたんだ、真弥さん。 「職権乱用ってヤツじゃねぇ?」 「ほぼ浅ちゃん専用なんだから気にしなくていいんじゃね?」 大概お前も悪いこと考えてるよな。 つくづくとんでもない悪友を持ったな、とも思うけど、壮斗がいてくれたから今の俺があるわけで、その感謝は忘れてないから悪友だなんてことは言わないでおく。 中に真弥さんがいることも分かっていたし、昨日からまともに話せてないから早く会いたくて準備室のドアに手をかけると、壮斗にそれを止められた。 「なんだよ」 「まだダメ」 「はぁ?」 「十秒経ったら入って来いよ、楓翔」 「いや、なんで俺だけ」 「浅ちゃんからの命令だから」 「はぁ?」 理解が全く追いつかないまま目の前でぴしゃりとドアを閉められて、正直開いた口がふさがらない。 なんなんだ一体。 そろそろ言いなりなのにも腹が立ってドアを開けてやろうと取っ手に手をかけたけど、壮斗が「真弥さんの命令」といっていたことを思い出してその手を止めた。 さすがに真弥さんのいうことを聞かないのはマズイ。 家に帰って数時間ぐらい口聞いてもらえないコースになる。 いうことを聞かない悪いヤツになることを諦めた俺は、言われた通り十秒数えてからドアを開けた。      * 「「誕生日おめでとう!!」」 ドアを引き開けた瞬間、パンッと子気味いい音がしてから、俺の頭の上に銀色のテープやらなんやらが降りかかってきた。 鼻をかすめる火薬のようなにおいでその音の正体ががクラッカーだと分かる。 部屋の中には、さっきから俺のことを適当に扱っている壮斗と、朝から見かけなかった真弥さんがいた。 二人とも笑顔で俺のことを迎え入れてくれたけど、やっぱり俺には二人の目的が分からない。 「はい、これつけろ〜」 壮斗に赤と黄色でできたたすきを問答無用で押し付けられて、椅子に座らされる。 俺が補修を受けていた時によく教科書を広げていた机の上には、お菓子やケーキが所狭しと並べられていた。 「なにこれ」 「ん?本日の主役たすき」 「どんな顔して買ったんだよ...ってそうじゃなくて」 なんでこんなパーティーみたいな、と言おうとして、思い出した。 ……そういえば俺、今日誕生日じゃん。 「課題もたくさん出ていて忙しそうでしたし、忘れているんだろうなとは思っていましたけど」 「自分の誕生日忘れるか?」 それに、さっき俺ら誕生日おめでとうって言ったし。 そう言って二人はあきれ顔だけど、仕方ねぇだろ。 最近忙しかったのは本当だし、特に昔の俺は誕生日が来るたびにうんざりしてたんだから。 なんであんなクソ親から生まれた俺がクソみたいな時間過ごしてまた年取ってんだろうって。 そんなこと考えてたら自然と誕生日なんて嫌な日になっていくもんなんだって。 「どれだけ嫌だと言われてもこれからは楽しい思い出でいっぱいにしますからね」 俺の気持ちを悟ったのか、それとも純粋に思ったことを口にしただけなのか、真弥さんにそう言われて、ちょっと泣きそうになった。 その隣で壮斗も大きく頷いていて、思わず俺は顔をそむける。 「あ、照れた」 「照れましたね」 うるせぇ。 やり方が回りくどいんだよ。 んで壮斗のそのしたり顔は心底うぜぇんだよ。 心の中ではそう悪態をついたけど、嬉しいものは嬉しくて。 俺が生まれてきた日を心からお祝いしてくれる人に出会えたことが、こんな時間を過ごせていることが。 朝からのメモを使っての誘導とか、学校についてからの壮斗の俺の雑な扱いとか、そんなのもどうでも良くなるくらい。 「ジュースも買って冷やしてますよ。そんなに数はありませんけど...」 如何せん準備室に置いてある冷蔵庫なんて大したものじゃないですからね、なんて真弥さんは言うけど、2Lのボトルが4本もあるんだから十分すぎるぐらいだと思う。 もし飲みきれなかったら家に持って帰ろう。 いいよな。 今日の主役俺なんだし。 紙コップを片手に持ちながらどれを飲むのかさっさと選べと催促されるものだから、俺はファ〇タを指さした。 「真弥さん、壮斗……ありがと」 *――――――*――――――* 人物紹介の中では書いておりませんでしたが、実は11月29日は楓翔の誕生日なんです…! せっかくなので何かお祝いしたいなと思い、簡単ではありますがSSを執筆させて頂きました。 楓翔の誕生日を決める時、実はすっごく迷いまして…… いつもキャラクターと繋がりのある日を調べて選んでいるのですが、なかなか楓翔に合う日は見つからず…… 結局諦めて「楓翔お肉好きだから!いい肉の日で!」って感じで決めました笑 ですが個人的にはわりと気に入っています。 久しぶり(ではないかもしれませんが)の真楓と壮斗の絡みを、読者の皆様にも楽しんで頂けましたら幸いです^^* そして、話は変わりますが、先日皆様から頂いたスターの数300↑の通知を頂きました。 こちらの方の感謝を真っ先にお伝えすべきところを…… たくさんの方に読んで頂けて光栄です! この場をお借りしてお礼申し上げます。 ありがとうございます♡(*´ `*)
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