卒業後編Ⅰ

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<楓翔side> せんせーのことを俺の部屋に案内してから、俺は一階のキッチンに戻ってお湯を沸かした。 確か戸棚の中に客が来た時用のカップとかが置いてあったはずなんだよな……。 その記憶に全然自信ないけどさ。 家に人が来ることなんてほとんどないし、来たとしてもお茶を飲んでいくことなんてほとんどないのに、何故かそういうのだけは変に完璧に準備されてる。 親父もこんなとこに金掛けずに現金そのまま置いてってくれたら良かったのにな。 「あ、これこれ」 棚の上の方にひっそりと置かれてたカップと、お揃いの柄のポットを取り出して、念のために一回洗ってからそれにお茶を淹れた。 ずっと使ってなかったし、何ならこれ使うの初めてなんじゃないか……? 淹れ方にもまったく自信ないけど、まぁティーバックだし特別不味いってことは無いだろ。 お菓子は適当に甘いものと辛い物を引き出しの中から取り出して、それらをトレーに乗せた。 「せんせー、ごめんなんだけどドア開けてくれる?」 「あ、はい。ちょっと待って下さい」 部屋の前まで戻ってきて、その時に両手がふさがってることに気が付いて。 俺の部屋の扉は開き戸だからさ、手に何か持ってるとどうしても一人じゃ開けられない。 というか盛大に熱湯こぼしそうで怖い。 他の部屋は引き戸なとこもあるのに何で揃えなかったんだよ……。 せんせーが中からドアを開けてくれたのを見て、なんか一緒に住んでるみたいだな、なんて錯覚を覚える。 いつか、せんせーが家で俺のことを出迎えてくれる、なんて日が来たらいいな。 数学準備室にいたせんせーは、ずっと「いらっしゃい」とか「どうぞ」しか言ってなかった。 でも、一緒に住んだらそれが「お帰りなさい」に変わるってことだよな? なにそれ最高すぎるんだけど。 「これまた……高そうな茶器ですね」 「俺もこれ見たの数年ぶりだよ。欲しいならあげるけど」 「いえ!大丈夫です」 「そう?どうせ割っても怒られないだろうし適当に使って」 怒るような人もいないしな、この家には。 大きい部屋には到底似合ってない小さいローテーブルにトレーを置いてから、俺はポットの中のお茶をカップに注いでせんせーに渡した。 俺の部屋に置いてあるものって、例えばクローゼットとかベッドとか、マジで無駄にデカいんだよ。 昔家具をそろえた時に、色々親父が適当に選んだような気がする。 あっても使わないからいらないって言ったんだけど、俺の意見なんてあってないようなものだった。 適当に買い揃えられて適当に置かれて、「好きなように使え」とだけ言われて。 まぁあって損するもんでもなかったから、素直に好きなように使わせてもらってるんだけどさ。 「い、いただきます」 「どーぞ」 カップを持っているせんせーの指が震えてて、家入ってきたときからずっと緊張してるのがもろ分かりだ。 そんなに緊張する必要ないのに。 この家、俺以外ほとんど帰ってこないんだしさ。 ……あ、二人だから逆に緊張すんのか? 俺が何かするとか思ってんのかな? そんな気今はないのに。今は。 今は、ね。 大事なことだから二回言いました。
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