2.簡単なお仕事

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2.簡単なお仕事

 その怪しげなSNSアカウントを南川が教わったのは、仲間グループの輪に偶然参加した石川からだった。  まず、その友人たちというのは、南川が高校を中退し暇を持て余している時からつきあい出した連中だった。南川は彼らと飲むときはいつも背もたれに深く腰掛けにこやかに聞きはしても、自らが話題を提供することはほぼ無く、そうであるから南川は仲間内で目立ちもせずただ人数合わせのようであり、ひと通り飲み食いすれば帰るタイミングを探り始めるくらいだったのだが、その日は途中で高校の五つ先輩だという石川が一人に連れられて登場たことで帰宅を逸していた。  集まりに先輩が参加するのはたまにあった。道端であったからと寄って行く者もいたし、バイトが同じで顔を出した場合もあった。いずれにしても、顔ぶれに目新しさは加わっても会話の内容はそう変わりはせず、高校時代の思い出話の割合が増えるくらいが変化であったから、南川は先輩風を吹かして少しばかり奢ってくれでもするだろうかくらいの冷めた感覚でいた。しかしいざ石川の声を無意識にも捉えているうちに、すっかり時を忘れて聞き入ることになった。 「俺は今、物件を探してる。F駅のあたりを考えていて今の店は若者が多いけど、もっと味のわかる高い年齢層をターゲットにするんだ」  石川はK町にあるバーのオーナーをやっておりさらに別の店を出すという、ただ淡々と計画を話しているだけであったが南川にはグループでいつも交わされる儲け話や女の話、さらには武勇伝じみた自分語りに比べてはるかに聞き心地がよかった。一方の石川も、自らの話にやたら歓声をあげたり笑ったりする者たちよりも、無表情ながらもじっと耳をすまして聞いている南川を好意的に捉えていた。 「えらく古いスマホを持っているんだな。買い換えないのか?」 隅っこにいた南川は話しかけれたことに気づくと戸惑いつつも頷き、スマホを片手で隠した。石川はいつも最新の機種を持っていたが、南川は五年ほど前に購入した物をずっと持っていた。 「今月ちょっときついんで」  ちょうどその頃、南川は勤めて二ヶ月になる居酒屋を辞めて、次の職を見つけられずにいたころだった。辞めた原因はベテランバイトとのトラブル。やたら団体客が押し寄せ、スタッフの数が不足して大忙しになっていた日のことだ。注文を二度続けて入力ミスした南川をそのベテランは酷くなじった。  殴ったり、云い返したわけではない。南川としてもミスを続けたのは悪かったと思っているし、反省してもいたのだ。しかしそのベテランは口が悪いタイプの人間で、南川が高校を卒業していないことを繰り返しなじったものだから「高校の教科書に酒の注文の受け方が書いてありましたっけ?」と返し、険悪になってしまった。そうなれば、ベテランが毎日のようにシフトを入れていること、他のバイトたちも関係性の深いベテランの肩を持つような雰囲気が充満するようになったことから、南川としては流石に居づらくなり辞めたのだった。 「不思議だよな。お前は見た目は爽やか、頭だって切れるほうだと思うんだよ。ただ、まあ素直すぎるというかな。社会で生きていくためには引きさがることも大事だよ。バーの経営ひとつとっても、世の中には馬鹿にしてくる奴はいくらでもいて、そういう人間たちともうまくやっていかないと経営は成り立たない。だがお前にはそういう世界は向いていないんだろうな。俺が思うのは、お前には単発の仕事のほうがあってるのかもしれないという事で、生活の安定という点では少々欠けるが……、どうだ試してみないか?」  石川がスマホを差し出しながらそう云ったのは、初対面から暫く経ったころ、南川を仲間内でやっているバーベキューに呼んだときだった。 「SNSでこいつを検索してフォローするといい。昔の知り合いなんだが割のいい仕事の斡旋してくれるんだ。仕事のできにかなり厳しい人間だが、一度認められれば優先的に仕事を流してくれもする」  石川がそう云って南川に教えたのは、ハッピーブローカーというアカウントだった。アイコンには天使の絵を使っていて、フォロワーの数は三千人。フォローして数時間経つと、早速、仕事の募集が南川のタイムラインに現れた。 『未経験OK,簡単なお仕事です。所用時間 二、三時間。報酬は一万円。五人募集。早い者勝ち』  そのときの南川は所持金が五千円を切っていて、月末にスマホ代を支払わなければならず、その仕事が随分魅力的に映りはしたが、当然怪しさもいくらかあり、誰しもがそうであるようにすぐ反応することはなかった。しかし数時間後SNSを確認すると、ハッピーブローカーがすでに五人以上の募集があり締め切ったとコメントしているのを目にすることとなり、『しまった見逃した』、『次の仕事待っています』等、ハッピーブローカーのフォロワーたちがコメントする様子から、南川はそれらの仕事が怪しいどころかフォロワーたちの間で至極普通ののものであり日常的なのだと感じ、貴重な機会を逃してしまったのではないだろうかと思うこととなった。   そしてその日から南川のスマホ支払いの前々日まで、ハッピーブローカは何も発言しなかった。一方、南川は別にいくつかアルバイトの面接を受けたが、職を転々としている事を揶揄されるような質問を毎回されたところ、他の従業員と関係が悪くなったからと端的に答えるものだから採用されることはなかった。 『未経験OK。簡単なお仕事です。本日夕方から働ける人、二名募集。報酬二万五千円。早い者勝ちです』  南川がその投稿を目にしたのはスマホ代の支払前日だった。南川は迷わずダイレクトメッセージを送って応募し、求められるまま住所や氏名、個人番号、免許証等を伝えた。  ハッピーブローカーはとても親切だった。南川が二人目の応募者であることを告げ、南川が図々しくも金の支払い日を聞くと『即日払う』と答えてくれた。 『ではよろしく。南川さんは夕方五時にB駅に行ってください。仕事内容の説明はそこで行います』
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