4.報酬

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4.報酬

 C橋は長さが五十メートルもなく、幅は車が二台ようやくすれ違えるもので、小さな川に架かっていた。橋に足を踏み入れると、川の両側に沿って建てられた家々が左右に見えており、数えるとだいたい二十軒程度であった。  住人を確かめ何かしらの営業活動に使うのだろう。南川はそう理解し、家々の窓に目を凝らす。正直日給の高さやSNS経由での募集であったことから危険な仕事かもしれないと一定の覚悟をしていたのだが、家々を外から見回るなんてことは、例えばコンビニに行く途中であっても無意識にやっていることで造作もなかった。  しかし、実際にやってみると各家屋に窓はあれどカーテンがかかっており内部まで見られる家は少なく、南川が記録できたのは、合計三軒。一軒は豪奢なシャンデリアが白い天井からさがっている大きな家屋。もう一軒はマンションの一室で、テレビを鑑賞するランニングシャツ姿の男が見えた。残りの一軒は古びた家で、内部といっても棚が窓際に設置されているらしく棚の背面があるだけだった。  三軒では少ないだろうか。夕焼け空の下で南川は家々を眺めていた。指示された条件を守ったのだから文句はないだろうが……。南川は橋から離れ、住人が出入りしないかと家々の前を一時間ほど歩き回ったが収穫はなかった。しかしすっかり日が暮れた頃、南川はカーテンがかかっていた家のいくつかに灯りがついており、厚手のドレープカーテンではなくレースカーテンだけがかかった状態になっていることで、家の中の人影がくっきりと確認できることに気が付いた。  中が確認できるのであれば報告の対象となるのであろうと南川が追加したのは二軒。一軒は若いカップルが一緒に台所に立っているアパートの一室。そしてもう一軒は立派な日本家屋で、背中を丸めた老婆が杖を使ってよぼよぼと部屋を歩くのが見えていた。 「おい、何やってんだ?」  スマホにメモをしていた南川の背後から若い声がする。振り返ると明確な敵意を示す若者三人組が立っており、睨みを効かし、首を傾けたところから大きなタトゥーが現れていた。 「仕事中なので」  南川はそう答えた。若者たちは眉間に皺を寄せ、威嚇を始める。 「仕事? なんの仕事だよ。おい、この変態野郎は、ここから家の中覗いてた、そうだろ?」  一人が別の若者に問いかけると大げさに頷いて応える。南川の生きてきた中では、同じように喧嘩早い人間が少なくなかったが、彼自身は喧嘩慣れしている訳でなかった。 「変態ではなく、仕事をしていただけなんで」 「家の前まで来て、コソコソするのが仕事か?」  一人の若者が南川に顔を近づけながら云い、他の二人は今にも殴り掛かりそうな雰囲気だった。二人は近隣に住んでいるようで、南川はどうやら行動を見られていたようだった。 「やり終えたら報酬がもらえるのだから仕事だと思うけど」 「ならその金を俺たちによこせ。覗き料だ」 「何故あんたたちに払う必要が?」 「お前が変態だからだよ」  そう言うと若者たちは南川につかみかかりポケットから財布を奪おうとした。南川は体を大きく揺らし、自ら財布を取り出し、前方に投げる。すると若者たちの視線が一斉に財布を追い、その隙に南川は後方へと逃げ出した。  若者たちが転がった財布に群がる気配を感じながら南川は走った。財布には数百円しか入っておらず痛くはなかった。  逃げ切った南川はSNSでハッピーブローカーにDMを急いで出す。少額だったとはいえ、財布を失えば日々食べるものも手に入れられなくなるのは確かで、すぐにでも報酬が欲しかった。ハッピーブローカーからは翌日の夕方返信が来た。 『ありがとう、南川さん。期待していたより多くの家の情報が得られました。約束の二万五千円は先ほど君の自宅ポストに入れておいたので確かめてください。それから、君はできるタイプの人のようですね。よければもう少し難しい仕事を頼みたいのですけれど受けてもらえるでしょうか。誰にでもできる仕事ではないので、SNSで募集はかけていないシークレットな仕事です。きっと君ならできると思います。次の仕事の報酬は十万円です』
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