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第1章
葉桜から桜の花の面影が消え、夏に近付く季節。この春高校一年生になった少年、桐生は、高校への道をのろのろと歩いていた。そろそろ暖かいというより、暑いという言葉が似合うようになった日差しに顔を顰める。
太陽の光が酷く疎ましく感じる。明るくて、眩しくて、自分に似合う代物ではない。そう思うようになったのはいつからであるのか、言うまでもない。
オレンジの髪が太陽の光に透けて、金色に輝く。といっても大したケアもしていない髪だ、ぱさついて触れると指先がチクチク痛んだ。
「おーい、そこの不良!」
「⋯遠野。おい何だよその呼び方」
「事実だろ。超目立つな、そのオレンジ色!」
桐生の後ろでけらけらと笑うのは、桐生と同じ高校に通う男子生徒、遠野だ。遠野は桐生に追いつくと、並んで高校へ歩き出した。しかし服装は制服ではなく、グレーのスウェット姿だ。
「お前、その格好なんだよ。高校行かねえの?」
「行くけどさ、制服着んのだりいなって思って。ダサくねえ?学ランとか」
「その服も大概ダサいよ。つか高校に私服とかお前、俺よりも不良だろ」
「うっせ。俺は地毛だからな!そこんとこは守ってやってんだよ、校則とかいうよく分からんルールを」
「あっそ。よく分からんルール⋯そうだよな。なんでうちの高校はこんな厳しいんだよ。⋯俺が行きたかった高校は、もっと自由だったのに」
「⋯ああ。お前、落ちたんだっけ。第一志望」
「⋯うん」
桐生は暗い顔で俯いた。オレンジの前髪が、その双眸を隠す。
「芽蕗高校、だよな。美術科だろ?お前絵なんて描けるのな、超意外。偏差値も高いし。校則も緩くて、髪はどんな色に染めてもオッケー!かぁーっ、最高の学校じゃん。俺も行ってみたかったな~。ま、俺は勉強出来ないから、受けても確実に落ちたと思うけど」
「⋯俺は、模試でもA判定何回か出たことあって、絶対行けると思ってたんだ。なのに⋯」
「緊張でパニックになっちゃったと。しゃーないよな、受験だし。お前、美術科受けたってことは、相当絵が好きなんだろ?お前の描いた絵見せろよ!どうせ今スマホ持ってんだろ?校則違反だけど。写真フォルダになんか入ってねえの?」
「⋯入ってる、けど。見せたくない」
「はぁ、なんで!そう言わずにさ。俺結構絵見るの好きよ。漫画も好きだし」
「なら俺の絵なんか見ずにプロの描いた漫画読んどけよ。⋯俺の絵は。駄目だから」
春風が二人の少年の間を吹き抜ける。といっても、爽やかで心地の良いものではない。やたらと強くて生ぬるくて、髪の毛を掻き乱して去っていくだけのような風だ。
桐生は第一志望であった、芽蕗高校の美術科に落ちた。絵が好きな少年少女が集まり、偏差値も高いために全国的にも有名な学校だ。桐生は小さい頃から絵を描くことが好きで、高校生になったら絶対にここに進学するんだと、小学校高学年の頃から決めていた。準備万端で挑んだ試験。桐生の志は、呆気なく砕け散った。
結局進学したのは、行きたくもない第二志望の私立高校。偏差値は芽蕗高校よりも低く、校則は厳しい。ただ滑り止めのために選んだ高校だ。ここでの生活が始まって約二ヶ月。桐生は既に疲弊しきっていた。
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