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帰ってきたぜ
「津々理、尻が痛い」
読んでいた本から一度目を離してチラリと見ると、隣りの席で半ベソ顔の柊木。黙って立ち上がり、オレは手荷物置き場に置いたバッグから、ぺらっぺらのシートを取り出し思いっきり息を吹き込んで膨らませる。
「ほら、これケツに敷け」
エアクッションを柊木の尻の方へ差し出す。
「ありがとう!」
滅茶苦茶の笑顔を見せるから、オレはいつもこれにやられてしまう。
「津々理、お腹が空いた」
だろうな、大食いのオマエがあの機内食だけで足りるとは到底思えなかったからな。
また立ち上がってバッグの中から、山の様なパンと菓子を取り出して目の前のテーブルや柊木の腿の上に乗せてやる。
「日本に着くまであと九時間あるからな、次の機内食までこれで我慢しろよ」
「九時間!? 嘘だろう!何故ビジネスかファーストクラスにしなかったんだ!」
二年前のロンドンに向かう機内でも、オマエ同じ様な事言ったな。
「何故、財閥夫人はビジネスかファーストクラスにしてくれなかったんだろう」
てな、飛行機代を出して貰っただけ有り難く思えや、ってかオマエはテメェの金で付いて来たんだから、そっちにすりゃ良かっただろうが、っつったら
「津々理の隣りがいい」
とか… 滅茶苦茶に可愛い事言いやがって、オレをキュンキュンさせたな。
二年前、オレは絵を描く勉強の為にロンドンへ留学した。旅立つその日、オレを愛して止まない柊木が一緒にロンドンに付いてきた。
柊木をご贔屓としている財閥夫人からの、絵画を学ぶ留学のお誘いで渡航費用なんかは財閥夫人が出してくれた。
有り難かった。
声を掛けてくれた師匠に付いて勉強し、オレなりに満足出来た二年間。
柊木といえば、ちゃっかり就労ビザまで取ってやがって、ロンドンでもカリスマっぷりを発揮していた。柊木なりに楽しんでる感じもあって、ちょっとホッとしてたけどな。
その二年の留学も修了して柊木と二人で日本に帰る途中の今だ。
「お腹が空いた」
「パン食ってろ」
「パンは飽きた」
「菓子食ってろ」
アホの様にそんな会話が繰り返されながら、飛行機は漸く日本に到着した。
「 I’m home!」
空港の到着ロビーのど真ん中で、両手を広げて叫んでいる。
うるせーな。
「行くぞ、早くしろ」
広げている柊木の腕を掴んで引っ張った。
マンションに帰るのが怖い。
松本がどんだけ部屋を取り散らかしてるか想像するだけで気が重い。
松本はオレが居酒屋でフリーターしてた時の同僚、ちなみにヤツもゲイ。
てか、オレは元々ゲイじゃねぇけどな、ノンケだったけどな、柊木に惚れちまったんだよ。
柊木が松本に、オレ達が留守にしている間、住んでて貰うように頼んだようだ。
すげぇタワーマンションだからな、松本だってご機嫌だったろうよ。
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