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四 乗り越えるべき壁
次の日の朝、出勤してきた多聞班長に昨日の事を報告すると、
「世間って狭いもんだな」
と言って私が書いた調書を見ながら答えた。
「ふーん。要は元カレが親友に寝返ったんだな?」
私は小さくうなづいた。頭の整理ができていないだけで、否定するところは一つもない。
「で、被疑者の資料(写真と指紋)は採取したのか?」
「それがまだなんです」
逮捕した人は鑑識で写真と指紋を採る。だけど昨日は被疑者も酒に酔っていた様子だったし、次の日つまり今日も取調べの予定があるから明日にしようかと外川主任とで決めたのだった。
「身柄はあるから今日でも、って算段だな?」
「はい」
班長は腕組みをしたままゆっくり了解の意思を示した。
「いずれにせよ、乗り越え
なければならない出来事
ではあるな」
先日の多聞班長の言葉が脳裏で再生されると私は名前を呼ばれた。
「いいか、早川」
「はい……、なんでしょう?」
普段は気さくな班長は時折厳しくなる。大事な指示を出そうとする時の様子だ。
「この際、だ。早川が採ってみるといい」
「えーっ?」
思わず本音が口から溢れた。これが機動隊の規律だったらドヤされるに間違いないくらいに。しかし班長の目は冗談のかけらも無くしっかり私に向けられている。
「こんな形で再会するなんて荒業過ぎますよぉ〜」
とは言えず黙ってしまった。
「なぁに、俺も付いてるから心配するな」
班長の思うことが見えると、私は頷く以外の選択肢はなかったーー。
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