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指紋を採取するため、彼の手を取った。もちろん再会を懐かしむためでも喜ぶためでもない。普段なら誰に対しても指紋を採る理由や説明をするのだが思うように言葉が出ない。
「あなたの身分確認のため指紋を採取します、よらしいですか」
「菜那子、俺だよ、俺。『あなた』ってよそよそしくないか?」
「それは……」
動きがぎこちないのが明らかに分かる。口数が多くなっている玲也も同じだ。
「俺、逮捕されるほどのことしてねーよ。な?分かるだろ、菜那子」
冷静さを保とうとする私の様子に痺れを切らしたのか、玲也の言葉尻が徐々に荒くなって来た。
「その判断は鑑識では……」
「冬美が言ってたぜ。菜那子は警察学校で新しい彼氏ができたんだろ?俺、待ってたのによ、悔しいから既読スルーして忘れようとして……」
私の手が完全に止まった。
元カレは自分を守るための言葉が出る。玲也と冬美の供述が本当なら、私はすれ違いで別れることになったのだろうーー、しかし。
「なあ、菜那子。俺とやり直さねーか?」
それで玲也が下した選択に合点がいかない。
1日で2人の友達と古い記憶が砕かれたことには何の間違いもなかった。
「ーーごめんなさい。今は勤務中なので」
私はお腹の底の方から煮え上がってくる形容し難い感情を抑えるのに必死で作業が進められない。
「なぁ、兄ちゃんよ」
玲也が発言しようとする前に後ろで様子を見ている班長が入って来た。
「外野の話は聞いたけど、警察官も人間なので動揺もする。早川はそれを堪えて前に進もうとしてるんだよ。そこを煽るのは違うと思うんだが」
玲也の視線が班長の方に向くと、班長は目で制して先手を打った。
「俺か?早川の上司よ。親代わりだ」
班長の言葉で呪いが解けたかのように私の手が動き出すと、玲也の指も抵抗をやめたのが感じ取れた。
一本一本握っては採取する元カレの指、学生の頃はこれが手の届くところにあって、今は職務としての作業。同じものでも全く違うものに思えたが、私は作業をやり切ったーー。
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