35人が本棚に入れています
本棚に追加
01.偽りの幸福論
意味のない作業を終え帰路につく。
達成感や充足感のない作業をこの世界の人間は仕事と呼ぶ。
人類に残された最後の矜恃、ほぼ全ての仕事はAIに奪われた世界で。
俺たちは大半の時間を仮想空間で過ごす。
そこでは現実世界同様、電子通貨トークンが必要だ。
人間道での生活の保障を得るため、作業でトークンを得る。
ゲームのログインボーナス感覚で。
作業は国民の義務ではない。
トークンが要らないなら、休み続けても良い。
ゲリラ酸性雨の匂いが、時代に置き去りにされたアスファルトから立ち上る。
昔は多くの自動車がこの上を走っていたと、
轍の跡が交通量の多さを雄弁に物語る。
上空を仰ぎ見ると、飛行車やドローンが行き交う。
リアル物資の取寄や旅行に行く趣味を持つ上流階級だ。
俺はメタレルム上のツアーで十分だし、食い物だってサプリと点滴で満足だ。
視線を足下に戻す。
耐酸性の黄色い花の雑草が、ひび割れを更に浸食し茎を伸ばす。
天上道を目指すように。
ただ、その根は地中深く広がっている。地獄道に囚われたように。
この世界の人間と同じじゃないか。笑えてくる。
俺は六道の一つ、人間道で生きるナユタ。
支配者層に従っていれば、いつまでも幸福な世界で生きられる気楽な存在だ。
最初のコメントを投稿しよう!