01.偽りの幸福論

1/4
前へ
/22ページ
次へ

01.偽りの幸福論

意味のない作業を終え帰路につく。 達成感や充足感のない作業をは仕事と呼ぶ。 人類に残された最後の矜恃(プライド)、ほぼ全ての仕事はAIに奪われた世界で。 俺たちは大半の時間を仮想空間(メタレルム)で過ごす。 そこでは現実世界同様、電子通貨トークンが必要だ。 人間道での生活の保障を得るため、作業でトークンを得る。 ゲームのログインボーナス感覚で。 作業は国民の義務ではない。 トークンが要らないなら、休み続けても良い。 ゲリラ酸性雨の匂いが、時代に置き去りにされたアスファルトから立ち上る。 昔は多くの自動車がこの上を走っていたと、 (わだち)の跡が交通量の多さを雄弁に物語る。 上空を仰ぎ見ると、飛行車やドローンが行き交う。 リアル物資の取寄や旅行に行く趣味を持つ上流階級だ。 俺はメタレルム上のツアーで十分だし、食い物だってサプリと点滴で満足だ。 視線を足下に戻す。 耐酸性の黄色い花の雑草が、ひび割れを更に浸食し茎を伸ばす。 天上道を目指すように。 ただ、その根は地中深く広がっている。地獄道に囚われたように。 と同じじゃないか。笑えてくる。 俺は六道(Six Realms)の一つ、人間道で生きるナユタ。 支配者層に従っていれば、いつまでも幸福な世界で生きられる気楽な存在だ。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加