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プロローグ
「――キャアアッッ!!」「いや......! 助け――」「ぁ、ぁぐ、ぐぁああぁ......!」
降り続く雨音に交じり、人々の悲鳴が響き渡った。
辺りは一面血の海が広がっており、そこかしこに死体が転がっている。
「......」
そんな混沌と化した街に、一人の少女の姿があった。その少女、白色の美しい髪を雨で濡らし、瞳は地面に塗られた血よりも紅い。傷一つ負っていないその少女の美しい姿は、壊滅状態の街と比べて、些いささか異質であった。
そして少女は、その華奢な体躯には似合わない、黒塗りの鞘に納められた一本の刀を両手で抱えながら、一歩一歩、歩いていく。
「......」
ふと地面に転がっている死体を一瞥する。しかし少女は、驚きも、悲しみも、怒りもしない。その瞳にはもはや光は灯ってはおらず、表情も虚ろであった。
それもそのはずだ。この事態を引き起こしたのはほかでもない、少女自身なのだから。
「......」
少女は、なおも生きている者を見つけては殺し、見つけては殺しを繰り返す。
「......」
――......アイリス、わたしはアイリスを忘れない。......たとえ、死んでも、忘れずにそばにいるから、離れてなんて、やらないから......。だから、だから......っ、泣かないで......? アイリスには、笑顔が似合う、からっ......。わたしは、笑ったアイリスが、――せかいいち、だいすき、だよ......。
”あいつ”は、最後にそう言い残し、命を落とした。
......果たして少女は、笑えるだろうか。”あいつ”がいない世界で、”あいつ”がいなくなってしまったこの世界で、うまく笑えるのだろうか。
「......」
(......無理だ)
おそらくこれから先、自分が心の底から笑うことはないのだろうと、少女は悟る。
太陽がなければ月は輝くことができないように、”あいつ”がいなければ、少女はきっと笑えない。
――この世界にはさ、魔法はあるけど、奇跡とか神様なんてものは存在しないんだよ。だからね――
これも、いつか”あいつ”が言っていた言葉だ。
なぜ今この瞬間にこの言葉を思い出したのかはわからないけれど、まったくその通りだと少女は思う。
なぜなら、この世に奇跡が存在するならば、きっとこんなことにはなっていないからだ。
神様が存在するのなら、きっと”あいつ”は死ななかったはずなのだから。
「......」
でももしも、奇跡や神様なんてものが本当にあって、それで一つ願いを叶えていいのだというのなら。
(”あいつ”と一緒に。”あいつ”が話していた日本という世界で、一緒に暮らしてみたかったな......)
だがそんな願い、希望的観測は叶うはずもない。もはや、手遅れなのだ、なにもかも。”あいつ”はもうこの世にはいない。少女は、その最期を見届けた。
「......」
そして、少女はおもむろに歩みを止める。
一体、あの日から何日が経って、何人の人間を殺しただろう。わからない。あの日から、記憶が曖昧なのだ。だが、身体はやつれ、心もひどく弱っているのを感じる。
「......」
(......もう、いいかな)
「......もう、疲れた......」
雨で全身を濡らしながらも俯き、小さく呟く。
「――休もう。ねえ......? 紫苑しおん......」
そして少女は、雲に隠れてしまった太陽へ手を伸ばすように、天に向けて右手をかざす。
「――『万物錬成ばんぶつれんせい』」
少女がそう唱えた瞬間、足元には巨大な魔法陣が浮かび上がる。
しかし、天にかざした小さな手は、ただ虚空を掴むばかりであり、どうしようもなく、太陽へは届かない――
「――――――――――」
「――――――――」
「――――――」
「――――」
「――」
「......」
降り続いていた雨は、もう止んだ。辺り一面に広がっていた血の海も、そこかしこに転がっていた死体の山も、既にない。
「......」
瞬間、少女の頬に一筋の水滴が流れ落ち、少女は自分の頬を撫でる。
(......雨、だろうか)
否、雨は既に止んでいる。しかし、少女がその水滴の正体に気づくことはなかった。
「......」
――その日少女は、世界を壊した。
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