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長方形のフライパンを注意深く見ながら、手首を動かした。卵の液が熱で固まっていく。沸フライパンを上下に細やかに動かすと、卵の膜は重なった。
「ヨッと」
皿に黄色い卵焼きが乗る。出汁の香りが美味しそうだ。調理実習の日から卵焼きを練習していた。隆也の好みになろうとした訳ではない。たとえ卵焼きが上手に焼けようが、彼と俺には何も意味がないことは分かっていた。恋慕の情は幼馴染としての関係には邪魔だ。同性が好きだと聞いたこともないし、同性にも恋愛感情を持てるタイプだとしても平凡な人間は選ばないだろう。ただ友人として彼の近くに居られればいい。何年もの月日で俺の心は決まっている。
「お兄ちゃん、できたー?」
「おう、あと詰めるだけ」
「早く!」
妹に急かされながら、お弁当箱におかずを詰めていく。卵焼きを何度か練習していると、母から料理好きなのね』とお弁当係を仰せつかることになった。『卵焼きを上手く作りたいだけ』という言葉は『毎日作れば上手くなる』と当然の論理で打ち消されてしまった。少しずつ料理の腕は上達し、妹からの苦情も減っている。
「よし!できた」
「わぁ可愛い」
妹が小さく拍手をくれ、俺は満更でもない笑みを浮かべた。今日のお弁当は卵焼きをハートに仕上げ、トマトとチーズを爪楊枝で刺し、ウインナーをタコさんにしていた。ただし妹のお弁当箱に限りで、自分のは通常運転の地味弁だ。
「ありがとう。お兄ちゃん」
「おうよ」
今日は校外学習なので、彼女用に特別仕様にしている。好きな人と同じグループになれたため、お弁当にも気合いを入れたいと夜中に俺の部屋を訪ねてきた。『小さかった彼女にも恋愛が……』と寂しい気分にもなったが、出来れば応援してあげたかった。お弁当一つで何が変わるのか全く分からないが、いつもより早く起きた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
使用した器やフライパンを洗っていると玄関から元気な声が聞こえた。ダイニングのテーブルには俺のお弁当だけが残されている。いつもの巾着に入れてくれているのは妹なりのお礼なのかもしれない。有り難く思って手を合わせた。どうか彼女の恋が実りますように。
「何してるの?」
「妹に彼氏ができるように祈ってる」
母俺が自作のお弁当に祈る姿を怪訝に見ると、ため息を吐く。
「そしたら、あんたは彼氏の分のお弁当も作ることになるのに?」
「……え?」
「行ってきます」
困惑する俺を放って、母は仕事に出かけた。流石に彼氏の分は自分で作るだろう。いや、作らない……のか?ぐるぐると考えながら、俺はお弁当を鞄に入れた。
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