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今回の卵焼きは変わり種で、中にカニカマを入れてみた。いつものように交換して、隆也が食べるのを心待ちにしながら、箸を持った。彼の箸が卵焼きを挟んだ。ドキドキと鼓動を感じた。
「うまそう、食べていい?」
急に話しかけられて、つい持っていたミニトマトを落としてしまった。同クラスの稲葉が俺が作った弁当を覗いている。隆也は彼にお弁当を差し出した。
「いいよ」
「ダメだ」
俺はその手を遮った。思いの外、キツイ言い方になってしまい、彼らの視線を感じる。引き攣った笑顔で誤魔化した。
「えーっと、これは隆也のだから」
「お前の彼女が作ったんだろ。他の奴に食べさせてんだから、俺が食べても一緒じゃん」
彼女説が他の人間にまで広がっていた。否定したくても隆也の前では出来ない。彼女がいないとなるとこのお弁当は何?となってしまう。頭をフル回転させても良い言い訳が思いつかない。背中と手に汗が滲む。箸を持つ手が震えた。その隙に稲葉の手がカニカマ卵焼きに迫ったのが目に入る。俺はお弁当を守る為に無意識に手を伸ばした。
「俺が隆也の為に作ったやつだからダメだ!」
守り切った俺は思わぬ言葉が聞こえた。隆也と稲葉の驚いた目で、俺の口から飛び出したことだと気づく。
「は?」
「え?」
2人とも眉を顰めて、ポカンと口を開いている。同じ表情なのに隆也の顔は整っていてかっこいいと現実逃れの感想を持った。
「どういうこと?」
隆也が立ち上がり、近づいてきた。俺は彼から身を逸らして教室から逃げ出した。
「待って」
想い人の声を背後に聞きながら、廊下を走った。何で事実を言ってしまったんだろう。男から毎日手作り弁当を食べさせられていたなんて気持ち悪いに決まっている。想いを閉じ込めて幼馴染の位置を死守していたのに……。全速力で走ったことで、目に涙が浮かんだ。
非常階段に着くと、誰の声も聞こえない。俺はそこに座り込んだ。大小の埃が床に落ちている。制服が汚れるが、今は気にする余裕がなかった。
どんな顔して教室に戻ろう。あのまま『冗談だ』と笑ってやり過ごせばよかったのに。そうすれば今までの関係が続けていただろう。袖で涙を拭った。
「奏?いるの?」
隆也の声で息を潜める。ここまで追いかけてきたのか、何のために?『気持ち悪い』『もう関わるな』と言いにきたのかもしれない。もし隆也に直接言われたら、耐えられない。階段の影に隠れるために、音を立てずにゆっくりと動いた。
カラン
ポケットに入れていたペンが落ちて、息を呑んだ。急いで拾うとするが、ペンは他の手に拾われる。
「捕まえた」
隆也が俺を見下ろしている。ペンを持つ手と反対の手は俺の腕を掴んでいた。息が荒れて、走って追いかけてきたことが分かる。
「どうして逃げたの」
彼は埃まみれの床に膝をついた。答えられない。どう答えればいいか誰かに教えて欲しい。幼馴染の関係を崩さない方法を知りたかった。
「お弁当は俺の為だったの?」
「いつから?」
「彼女は?」
口を開かない俺に向かって矢継ぎ早に質問を投げかけた。いつも爽やかな彼に似合わず、余裕がなく苛立っているようだ。
「もしかして……俺のこと好き?」
彼の手が俺の頬を撫でる。こんな状況でなければ赤面するほど嬉しいだろう。もう戻れない。大きく息を吸い込んだ。
「好きだよ」
目を丸くする隆也を見つめた。
「隆也が卵焼きを上手く作る人が好きだって言ったから、俺も作ったんだよ。悪かったな、気持ち悪くて」
腕を振り離そうとするが、強く掴まれて離せない。むしろ隆也に体ごと抱きしめられた。いい香りに包まれて力が抜ける。
「気持ち悪くなんてない。嬉しい。俺も奏が好きだ」
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