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「梢江さん、これ」
僕は以前、捨ててくれと頼まれた原稿用紙の束を鞄から取り出した。
「すみません、読んでしまいました」
それは最終的に心中する恋人同士の話だった。悲しいけれど、とても美しい話だと思ったと伝えた。
「ありがとう。でもこれ、だめだった原稿なんです。ボツにされたの。今の人はこんなの読みたくないんだって。もっとハートフルなものか、激しいセックス描写が入ったものを求めてるんだからって」
梢江さんの口からセックス、という単語が出てきて、僕はどきっとした。
「そうだったんですか」
「恋愛の甘さや楽しさを知らないからそういう話が書けないんだろうって云われて……正直云って痛いところを突かれたなって。
僕はもう随分長いこと、恋愛らしい恋愛をしてなくて。というか両想いになれた経験が一度もないんです。だから誰かの心に寄り添うような優しいものが書けないのかも知れない。
けど僕は書くこと以外に取り柄がなくて、だからまるで生きる道を絶たれたみたいに感じちゃって、それであの日……」
泣いていたのか、と腑に落ちたが、そのことには言及したくないだろうと思い、僕は遮るように口を開いた。
「梢江さんは優しい人ですよ」
「ありがとう。朝海くんにそう云ってもらえると嬉しい」
この時、本当は分かっていた。この人が僕を見る眼には親しみだけではない、特別な熱がこもっていることを。
「朝海くんのおかげで、今、新しい話を書き始めたところなんです。きっと明るい話が書けると思う」
「本当に?」
「うん、でき上がったら読んで下さい」
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