過去編

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sideキリヤ・アルバス カラリヤ王国の夜の気候はスザルク王国よりもかなり冷え冷えする。入学式から1ヶ月程が少し過ごしやすい気候となっておりそのあとは段々と風が冷たく吹き始める。夜は寒く、昼は過ごしやすい温度まで上がるため、住みやすい国だとは思う。だが、夜と昼とでは全く別の国に来たかのように温度の差があるためそこは気をつけなければならない。 「さむ」 ポツリとどこからかくしゃみの音と共に声が聞こえた。学生寮からも本館からも離れたここは学校が私有する森の中で誰かがいるとは考えにくい。だが、声が聞こえたということは、誰かいるということだろう。でも、なぜこんな遅い時間に森の中にいるのだろうか。 「うっ……くしゅ」 また、くしゃみの音が聞こえてきた。もしかしたら迷子なのかもしれない。奥深いとまではいかないが多少奥まで足を伸ばしたのでここで迷子になっていてもおかしくは無い。この森は通称迷いの森と呼ばれているからだ。 「誰?」 今度ははっきりと声が聞こえた。 どこかで聞いたことのある声だ。 「迷子?」 左の方から水の音と声が聞こえた。 水……さっきまで水の音なんて一切していなかったのだが、何かがおかしいと思いナイフを構える。そっと声のした方の草をかき分けてみるとキラキラと光る何かが目に入った。 「シリカ……シリカ・イカルド…………」 キラキラと光る泉の近くに彼、シリカ・イカルドがこっちらを向いて立っていた。 「君は……君は確かキリヤ様でしたよね。どうしたのですか?こんなところで。迷子でしたら森の入口までお送りしますよ、」 そう言ってシリカはニコリと笑うと、フワフワと舞う精霊たちの光を1点に集めた。 「この子達について行ったら入口です。お怪我がないようお気をつけください。森の獣達はその子達が追い払ってくれるので安心してください。キリヤ様は精霊達から好かれているのですね、」 「キリヤでいい。俺もシリカと呼ぶがいいか?」 「好きにお呼びください」 「そうか、じゃあシリカと呼ばせてもらお う。シリカは俺が精霊に好かれていると言ったがシリカこそ精霊に好かれているように思う。俺は精霊の子だからな。好かれていると言うより魔力を詠みに近づいてくるんだ。多分俺よりもシリカの方が精霊の子にふさわしいなとシリカの魔法を見て思ったよ。とても綺麗だった。」 あまり普段から人と話さない───話しても業務内容である──ため、何を話していいのか分からずついつい本音ばかりが漏れてしまう。天気の話など以ての外、そんな上辺だけの話をしたいとは1ミリも思わなかった。あんな綺麗な魔法を使う彼が何を思って、何を考えているのかとても興味があったからだ。 「私はそんな大層なものではないですよ、さぁ行ってください。森が変わらないうちに、」 この森は迷子の森とも呼ばれ木々が生き物のように動き、来た者を惑わせるのだ。一定時間経つと、もはや違う森のように化しており初めてはいるのはとても危険な森となっている。だからなのか、シリカは早く早くと俺の背中を押す。 「もう少し、ここにいてはいけないか?」 シリカは目を大きく開いた。真っ黒な瞳が揺れて目がバチりとあう。やっぱりとても綺麗だ。 「なっ……なんで?」 狼狽えたかのような声。なぜそんなに驚くのか分からないがここは正直にシリカと話したいからと答えておく。するとシリカは何かすぐに察したように俺の前に光る精霊たちを呼んで光を雲散させた。 「じゃあ、ではキリヤ様」 「キリヤ」 「はぁ……キリヤ、こっちに来い」 シリカはスタリと泉の前に座ると横を指さした。特に問題なく俺はキリヤの横に腰を下ろした。 「もっと離れて座れよ」 「すまない。こっちの方が話しやすいと思ってな」 横に座ると、シリカは嫌そうな顔で2人分程横にズレる。距離感は難しい。それに口調が乱暴になった気がする。なにか、気に触ることでもしてしまったのだろうか。 「悪い」 「別に。じゃあ、本題に入るか。」 「本題?」 「あぁ、キリヤは俺の研究結果が欲しいんだろ?別に俺を持ち上げたりしなくてもいいから、好きなやつをやるよ。別に手柄とか興味無いから。」 「え?」 話が変な方向に言っていてなんと返せばいいのか分からず、何度も何度もシリカの言葉を頭の中で復唱する。研究内容?あげるって何? 「あ、もしかしてお前こっちじゃない?」 こっちがどっちか分からないが少なくとも研究が欲しい訳では無いため頷くと、シリカはさらにかわいた笑いを零しながら俺を睨みあげた。 「お前ってほんと悪趣味。わざわざ俺がこんな森の奥にいるってわかってわざわざここに来たの?野外とか……はっ、所詮精霊の子も普通の人間様ってことだ。」 「え?」 シリカはそういうと一つ一つボタンを外し始めた。 「外は痛いから好きじゃない。さっさとやるならやれよ、」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ。」 シリカの白い肌が顕になる。カッターシャツの前が開き、緩められたベルトでやっと俺は察した。 今からやることを。 「シリカ、悪い。本当にそういう訳じゃないんだ。シリカと話したくて来たんだ。」 「は?」 シリカは何を言っているのか分からないというような顔で俺を睨んだ。 「この前の魔法、シリカの魔力が赤く光ってた。とても綺麗で目を奪われて、どの魔法も綺麗な魔力が込められていて透き通ったガラスのようだった。だから、話してみたいと思ったんだ。それに、俺とおなじ魔法士と聞いて、友達になれないかと思っていた。森に入ったのはシリカがいると聞いたからじゃなくて精霊の泉を見に行こうと思ったからだ。今日は満月だろ?月が映る泉を見てみたいなって思って足を伸ばしたんだ。」 シリカは俺の言葉を聞くとゆっくりと目を閉じた。ふわりと風が俺とシリカの間を駆け抜ける。 シリカのシャツがサワサワと風に遊ばれている。 「それを、俺が信じるとでも思っているのか?」 「確かに、信用はないかもな。シリカの言葉にうなづいたのは俺だしな」 数分前の意味もわかっていないのに適当にうなづいた自分自身を殴り飛ばしてやりたい。なんてことをしてくれたんだ。強い風が吹き抜けた。シリカのシャツがふわりとたなびいた。 「それって……」 確かに、見覚えのある印だった。十字架に2重の輪がついてそして鎖と蛇が十字架にまとわりついているその印は資料で1度目にしたことのあるそれと同じだった。 「お前、……知らなかったのか?」 「シリカ……君は……」 「奴隷だよ」 そう、資料で見たものと同じだった。カラリヤ王国の奴隷。その中でも蛇が表すのは王族の奴隷印だ。 「本当に何も知らないのか。それで、友達って馬鹿らしい。」 「悪い。」 「いや、俺こそこんな汚いもん見せて悪かったな。」 シリカは、ボタンを留め直して服を整える。 「汚くはない。……もう、痛くは無いのか?」 「もう4年も前だ。王族の奴隷だからな何かと優遇される。焼印で入れたら綺麗に跡が残るようにそのあとは安静にさせてくたよ。ほら、自分たちの所有物が汚れているの嫌うだろ?金持ち様は。」 「そうか、痛くないんなら良かった。」 痛々しい跡が残っていた横腹を服の上からそっとなぞる。 「はっ、お前本当に俺と友達になりたいのか?本当に馬鹿じゃん。いいことなんて1個もねぇよ?友達になったら、俺は研究内容1個も譲らないし、ヤらないからな」 「ヤりたくねぇし、人の研究内容とっても嬉しくねぇ」 俺がそういうと、さらにシリカは声を上げて笑った。その後数分間森に笑い声が響き続けた。 「あーあ、笑った笑った。久々に笑ったよ。お前みたいなやつ初めてだ。じゃあ、そうだな。初めての友達に取っておきを見せてやろう。《舞え》」 シリカは杖を取りだし泉に杖を掲げた。 フワリとひとつのピンクの花弁が風に乗って流れていく。一振。シリカが下へ杖を振り下ろすと、泉の周りの木にピンクの花が咲き誇る。 「桜だよ。東の和の国では有名な木らしい。今の季節になると咲き誇ってみんなで花見というものをするそうだ。ま、俺はやったことないけどな」 杖を今度は横にひとふりしてくるりと回すと、花が一斉に舞い散る。視界がピンクに染まり、月明かりが花弁を照らす。神秘的な光景に目を奪われ、動くことも出来ない。 「仕上げだ。お前を気に入った、よろしくなキリヤ。」 杖を静かに振り下ろすと、花弁が泉の真ん中にある1本の大木に渦をまくように引き寄せられていき、花弁に包まれ大木が見えなくなった。 「《咲き誇れ》」 時間が止まったかのような錯覚に陥った。 渦巻いていた花弁がピタリとやんでヒラヒラと舞い落ちるのをじっと見つめる。 「あっ…………」 目の前の大木がいつの間にかまっピンクの花を咲かしている。本当に大きく立派な木だ。月明かりに照らされて、さらに存在を主張している。 「あの木だけは桜らしい。力果てて咲かなくなってたみたいだけどな。桜は全ての花が咲き誇ってから散っていくんだ。キリヤ、俺もキリヤと最後まで友達でいられるよう頑張るからさ、キリヤも俺を置いていかないでくれよ?」 ひとつの花弁がヒラヒラとシリカの手の上に落ちてくる。シリカはそれをそっと手に取ると俺に差し出した。 「よろしくな、キリヤ」 「あぁ、よろしくシリカ」 差し出された花弁を受け取る。 綺麗な鮮やかなピンク色だった。
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