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sideシリカ・イカルド
逃げ出してから……元の生活に戻って2日が経った。何事もなく、時間だけが進んでいる。あれからキリヤは来ない。まぁ、それが普通なのだから特に何も言わないけど少しぐらいは慰めにきてもいいとも思う。連れ出したのはキリヤなのだから。
「てかなんであそこで名前をばらすのさ。そんなことしたら俺が作った魔法も意味ないじゃん」
魔法陣を描きながらそうつぶやくと隣に立つ黒づくめの男がクスリと笑った。
『ねぇ、キリヤとはもう1年経つけど殺さないのか?』
「うるさいよ、カイ。」
カイ。名は俺がつけた。なんでかって言うとカイは俺の使い魔だからだ。俺が捧げた生贄によって召喚された悪魔である。生贄が多いほど強い悪魔を呼び出すことができ、強い悪魔ほど人の形に近いとされている。まぁ、例外として白蛇とかいるんだけど。あいつらは神の化身とされているんだから人型でなくても想像の範疇だろう。
『で?殺さないのか?殺さないとシリカが殺されるだろ?』
「うるさいって、死ねるなら本望だよ」
『そんなこと言っちゃって、奴隷になってまで生きている理由があるんじゃないのか?』
痛いところをついてくる。別に、死にたいわけじゃない。ただ、死にたいとも生きたいとも思う理由がないのだ。俺は少しばかり人とは違う。精霊と話せてしまう。それが俺の体に異常をきたしたのかどうか分からないけど痛覚も味覚も嗅覚もなくなってしまった。段々と衰えていく視覚そしてもうそろそろ聞こえなくなるであろう聴覚はもう俺の限界を知らせている。
「キリヤは殺さない。王様の命令じゃないから」
『でも、お前がキリヤと仲良くすれば王様は必ず命令を下す。気をつけろ、お前が殺したくないのならな』
「キリヤは他国の貴族だ。そう易々と殺せない」
『だといいがな』
カイはそういってニヤニヤ笑いながら俺の書く魔法陣に手をかざした。
『これで後何人死ぬんだろう。楽しみだな、シリカ。これを知ったらキリヤはどんな顔をするんだろう』
「他の奴らと同じになるだけだ。」
『じゃあ、またシリカは独りだね。孤独になれ、シリカ。そこがシリカの居場所だ。』
カイはそういうと煙のようにゆらりと形を変えて消えていった。
「だから、うるさいって」
悪態をつくがもうカイには届いていないだろう。
*
「名はなんという?」
国王とあったのは確か8歳の時だ。奴隷商に売られて流れ着いた先が王様のとこだった。真っ赤な目のやけに顔が整った男ーつまりは王様なわけなんだがーは俺の髪を引っ張り顔をあげさせる。ブチブチと髪の抜ける音がして顔を歪ませる。将来禿げたらどうしてくれんだ。
「名は?」
「××××××××」
王様はそれを聞くと満足そうに笑ってそのまま手を床へと振りかざした。もちろん俺の髪を持ったままなので頭も打ち付けられる訳だが、ココ最近痛覚が鈍くなってきているためあまり衝撃は感じなかった。
「そうか、なら今日からお前はシリカ・イカルドだ」
「シリカ……?」
「そう。シリカだ。印を、」
王様は近くの騎士にそういうと、俺の薄汚い服をめくりあげた。
「《捕縛》」
しゅるりと蛇が杖の先から現れたかと思うと手首に巻きついた。必死に逃げようと手をくねらせるが取れることはなく、頭の上で腕を固定されるなんとも無様な姿になってしまった。
「喜べ、シリカ。王族の奴隷だ」
「所詮奴隷だ」
「死ぬか、奴隷か、だ。選ばせてやろう」
そう言われ、俺が選んだのは奴隷だった。別に理由はない。俺は精霊と話せて様々な知識を持っている。そして、魔法が作れるのだ。魔法を作り出せるのはこの世界でも片手で数えれるほどで、生涯をかけて1個多くても3個魔法を作り出すのだ。だが、俺は年に精霊の声を聴きながら4個最低作ることが出来る。その力を王様は欲しがったわけだ。俺は大人がそういう価値をもとめているのを知っていた。だから、俺は俺を売り込むことにしたのだ。たとえ、脇腹に刻印を入れられようとも。たとえ、周りに蔑まれても。たとえ人権を捨てたとしても。
いつからか本当の名前を捨てて新しく着いたシリカという名が定着しつつあった。本当の俺はその頃に置いてきたのだ。家族に呼ばれたあの名前の僕はもう、彼らを家族と呼ばない俺とは違うのだ。俺を殴って売り飛ばした彼らを俺はもう家族といえなかった。べつに言ってくれれば金を用意した。日頃殴られても我慢してたし多少の無理は我慢してきた。でも、それでも売り飛ばして得た金で酒を飲んで俺を殴り飛ばしたのだけは許せなかった。もう家族では無いのだとその時俺は××××を捨てた。僕自身を俺は捨てたのだ。
本当の自分も見えなくなって、ただただ魔法の開発を繰り返して10となった頃、俺は初めて人を殺した。いや、初めてではない。俺の魔法で今まで多くの人が殺されてきた。地形を変える魔法では作物を取れなくして税金をせしめ農民たちを苦しめた。間接的にでも確実に俺の魔法は、俺自身は、殺しに加担していた。そして、それを見て見ないふりをして、2年間。10歳の誕生日。あの月が綺麗なあの夜。とても精霊たちが嬉しそうに歌って踊っていたあの夜。俺は僕の家族だった人を殺した。今度は間接的とかじゃなくてはっきりとこの手で殺したのだ。
深い深い湖に凍らした彼らを沈めて見せれば、少しだけ開けた穴から水が氷の内部に侵入してキンキンに冷えた氷水で窒息するわけだ。なんて素敵な死に際なのだろうか。とても見たいものだ。そして、そっと彼らの首筋に指を立ててやりたい。俺は苦しかった。彼らは知らないだろう。夜空の寒さを。水の冷たさを。首を締められる苦しさを。打ち付けられる痛みを。降ってくる手の痛さを。なにもかも彼らは知らないのだろう。だから、最後に少しぐらい理解してくれてもいいと思う。だっておれは彼らの息子だったのだから。
「××××助けろ……たす………」
最後の断末魔と言えばいいのか分からないが父だった男の声が耳につく。俺は伸びていた手を掴んで、指を1本握る。そして、思いっきり逆方向にゴキリと押せば見事にありえない方向に向いた指の出来上がりだ。ごポリと空気が上がってくる。次の指もやっておこう。指を折るごとにごポリと漏れてくる空気。それを眺めながら出てこなくなるのを待つ。
「さようなら、」
完全に物音もせずただの湖となった彼らをながめる。何も感じない。これでよかったのかという後悔も良かったという安堵も何も無い。ただ、父だった彼の手の温もりだけが俺の手の中に残った。
10歳の夜、俺は両親を殺した。
それからはあっという間だった。
11の雨が続くある日、王様に呼び出され俺は魔法士となり、賢者という肩書きが着いた。理由は簡単だ。より、研究への金が出るように。俺は俺で1人になれる場所が出来て楽だった。ただ1つそこで問題が生じたのは使い魔召喚の義を執り行わなければいけないのだ。魔法士誰もが持つ使い魔は彼らの目に見えるランクのひとつだ。俺は彼らの牽制に興味は無い。だから、目をつけられないためにもずっと避けてきたのだ。だが、魔法士になるには使い魔を持たなければならない。そうして、俺はカイと出会った。魔族の中で最強で最悪の悪魔らしい。褐色の肌に紫色の瞳。薄ら笑顔を貼り付けて、ヘラヘラと笑う彼は王様のようにまた顔が整った美の象徴だった。
召喚しろと言われ、使い魔となったカイを王様に紹介すると王様は今まで以上に見たことない怒りの形相でムチを振るった。痛覚がないことも知っているだろうに、何が楽しいんだろうか。
そして12の月の綺麗な夜。
過去を思い出しながら入学したての学園の中にある湖を、眺めていたあの夜。
俺はキリヤに出会った。
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