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「で、何しに来た?」
夕方。空が赤く染まり始めた時刻にキリヤが扉からひょっこりと顔を覗かせた。あれから3日がたっていた。
「もう一度、教室にいかないか?」
「いかない」
「お願い、」
「行かないって言った」
何をこいつは言っているんだ。自分でばらしたくせに、またあの教室に出向くなんて愚かだ。何をしたいんだが全然分からない。
「俺はここが性に合ってる。別に俺はこの学院に友達を作りに来た訳でもない。」
「行こう」
「だから行かないっ…て言って…。もしかして、お前……」
いい加減にしろとパッと後ろに立つキリヤを睨んでやろうと振り向くと、少し何か引っかかった。つま先。足。腹。下から徐々に確認していく。
「《暴け》」
キリヤの首に手を添える。
「やっぱり契約していたんだな。俺の使い魔と。」
俺がそう言うと、キリヤはぴくりと肩を揺らした。カイとの契約は危険だ。何せ、高上位の魔族。その上、人型で血を好む。そんなやつと契約をすれば代償は小さなものでは済まない。
「それは……」
「カイ、出てこい」
下を向いて言いずらそうにするキリヤを、横目にカイを呼び出す。カイは嬉しそうにまたニヤニヤと笑みを浮かべながら柱の後ろから姿を現した。やけに今日は気分がいいみたいだ。
「契約内容は?」
『1年前から同じさ。シリカに会えるのは3日に1度だけ。ただ、それだけさ。それなのに、昨日も一昨日もこの部屋に来やがったからちょっと契約違反の罰が下ったんだよ』
「で?キリヤは何を望んだ」
『おっとそれは野暮だ。俺が答えるのはここまでだ。じゃあな、』
カイはそう言うとまた柱の影に隠れていった。あいつはいつだってイタズラげに俺を見るばかりだ。いつしか、俺のために俺だけに忠誠を尽くすと言ったのも忘れているに違いない。カイの気配が消えたのを確認してからキリヤに目を向けるとバツの悪そうな顔で立っていた。
「シリカ、俺は……「いい。言わなくてもいい俺もお前には言えないことばかりだ。だから言わなくていい。」
「悪い……」
少し気まづくなってしまったから少しでも和らげようとしてなのか、精霊たちがふわふわと俺とキリヤの周りを飛び回る。
「キリヤ、湖に行こうか、あの火炎魔法教えてやる」
「あ、あぁ。」
俺は、キリヤの腕をとって森の中へと転移した。
初めてキリヤと出会った湖は今でもよくキリヤと訪れるのだ。両親を殺したこの湖に。
「キリヤ、この湖の中見たことあるか?」
「いや、見たことない。何かあるのか?」
「じゃあ、秘密だ。見ない方がいい。」
キリヤは少し、悩んだ後シリカがそう言うなら見ないでおくよと笑った。雰囲気がいつものように和らいだ。
「名前決まったのか?」
「カサネ」
「カサネ……か。いい名前だな、」
カサネ。重。累。荐。襲。かさねる。つながる。あつまる。引き継ぐ。今の俺の全てを表すならこの言葉なのだろう。
「俺からキリヤにこの魔法をやる。友達に研究は渡さないって言ったけどこれは別だ。この魔法は特別に親友に。だから、俺の事を忘れてもこの魔法だけは忘れないでくれよ」
「何も忘れない。シリカの事を忘れるわけない」
「そう…だな。そうだといいな。」
「《カサネ》」
ヒュるりと、杖の先から火花がちって光が飛び出す。少し時間が経ってピンクのあの時見た、桜がが空に咲き誇る。そうだ、あの時もこうやってキリヤに願ったんだ。
もう、これ以上俺に奪わせないで、と。
*
「行って欲しいなら行ってやるよ。今日だけだからな」
あの後はキリヤに魔法を教えてから研究室に戻ってたくさんの話をした。気がつくと外から太陽の光が入り込んできて、朝だと知らせていた。もう、そんな時間か。背伸びをして眠気を飛ばす。
「いいのか?」
「だから、今日だけだ。手伝って欲しいんだろ?」
「まぁ………そうだな。」
歯切りの悪い答えに首を傾げながらもキリヤがうなづいたことを確認して、珈琲に手をかける。
「今日の準備は何時からだ?」
「2時過ぎからだ。あと1週間だから、学園側も協力して2時には授業が終わるんだよ」
「そうか。成功するといいな、」
「あぁ。」
そんな大きな祭りを去年もやっていたのかと感心しながら今まで全く自分に関係の無いものだったのだと思うと少し不思議に思えた。去年と変わったのはキリヤと知り合ったことぐらいなのに、人の繋がりとは面白いものだ。
「じゃ、先に行ってるよ」
「また後でな」
「おう」
眠気覚ましの入った瓶を背中に投げると、キリヤは後ろ手にキャッチしてからヒラヒラと手を振って研究室を出て行った。あういうさりげない行動を取ってくるところもまた妬ましいものだ。
「カイ、いるんだろ?」
『あぁ、もちろんさ。俺はお前の使い魔だからな』
今度はソファにどかりと座った状態で姿を現した。良くもまぁ、登場のレパートリーが多い事だ。
「キリヤとの契約内容について教えろ。これは命令だ」
『命令なら仕方ない。だが、お前はそれを聞いてどうするんだ』
「元に戻すんだよ。何もかも、」
机の上の1枚の紙をカイに見せる。最近出来上がった魔法だ。これは、誰にも渡さない。否、渡せない。人を操る魔法も、人の意志を可視化する魔法も、何もかも作っては王様に全て差し出してきた。だけど、この魔法だけはこの世に残しておきたくない。この世にあるってことは解除方法にたどり着く道があるということだからだ。
『お前は可哀想だ。いつだってお前は自分を許してやらない。甘やかしてやらない。この選択はお前のためか?』
「あぁ。いつだって俺は俺のために生きてきた。これからもな、」
俺がそう言って笑うとカイは大きくため息をついた。そして、そっと手をのばし俺の額に触れた。
『契約内容はカラリヤ国王からお前を隠すことだ。あいつの願いはお前を救うことだった。だから、根源からお前を隠したのだ。これで、ここ1年呼び出しが来ないことに納得したか?』
「なるほど、ね。飽きたんだと思ったがそういうことだったか。では、カイ契約を解約しろ。」
『主に従うさ』
カイの腕輪が、ひとつ割れた。契約の数だけ腕輪や首輪を悪魔は装飾する。輪っかならなんでもいいが持ち運びがいいのがそれらしい。今割れたのが、キリヤとの契約の輪という訳だ。
「カイは俺に孤独になれと言ったのになんでキリヤと契約なんかしたんだ?」
『そうだな、哀れに思ったからだ。』
「そうか。キリヤは哀れか、」
やはり、悪魔の考えることは理解できない。何かしらの原動力が有るのだろうが未だ1度もわかったことは無い。
「俺は寝る」
シリカはソファに寝転んで頭まで毛布をかぶるとすぐに寝息を立てて深い暗闇の中に落ちていった。
『シリカという愚かな人間を愛した人間を哀れに思うのはおかしいことではなかろう。あぁ、もうすぐ終焉の闇が来る。』
カイはシリカの頭を優しく撫でると煙のようにゆらりとたゆたうと風に吹かれて消えていった。
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