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「忘れてたわ、おまえ二世だったな」
「そうだね、金はいくらでもあるよ。はい、コーヒーどうぞ」
豪華な応接セットのあるリビングに通され、鮮やかなティーセットでコーヒーが運ばれる。まずは、駅からこの豪邸にたどり着くまでも、周囲は閑静な高級住宅街だった。そして、洋館を思わせるような豪邸の玄関から建物まで広大な庭を歩いて、建物に辿りつくまで五分は歩いただろうか。椿まりこの若かりし写真が飾られた玄関を抜けて、ようやくリビングに落ち着いたのだ。
「レッスン室より広くねーか、ここ」
「ま、あそこよりもお金かかってると思うけど?」
「初めて見たわ、虎の絨毯とか、鹿の頭飾ってるのとか」
「心配しなくても僕の部屋は普通だから」
そういえば真白が通っている高校も名門学校だったなと思い出す。悪態をつきながら、緋色はいつしか真白と二人きりでも普通に話せていることに驚く。
(案外、真白もなんとも思ってないのかもな)
「そういえば家族の人はいねーのか?」
「家政婦さんがさっきまでいたけど、今日は帰ったよ。両親はそれぞれ仕事で今月は二人とも家空けてるね」
「そ、そーなんだ」
「だから心配しなくていいよ。二人しかいないから」
"二人"という言葉にドキッとする。改めて言われると意識してしまう。さっきようやく普通に話せるようになったと安心していたところなのに。
「なんなら、泊まっていく?」
「え?」
「ゲスト用の部屋もあるし、寂しいなら一緒に寝てあげるけど?」
「一緒にって……」
「ふふ、冗談。さっそく案内しようか?ここじゃ落ち着かないでしょ」
(真白の冗談はどこまで冗談なのか、わからない)
そしてそのたびに自分の心が揺さぶられている。昔みたいに悪態をついてくれればいいのに、それなら返す言葉も乱暴にできるのに、今の真白は自分に甘く優しい。そのせいで自分の調子が狂わされているだけなのだ。真白のあとをついていくと、少し離れにゲストルームがあり、そこに通された。部屋の中に浴室も洗面所もある。まるでホテルのスイートルームだ。
「勝手に使っていいのかよ」
「平気。まぁ、僕は家に連れてくるような友達はいなかったから、緋色が初めてだけど」
「そうなの?」
「親目当てで仲良くなろうとしてくる人間はいくらでもいたけどね」
ふと真白の顔が曇る。さっきから家の豪華さに驚きを隠せない自分の言葉を、真白はどういう気持ちで聞いていたのかと考えた。真白を椿まりこの息子としてではなく、見ていた人間はどれくらいいるのだろうか。
もしかすると、そんな環境にずっといたら、心を閉ざしてしまうことだって考えられる。自分だって昔の真白に"天才子役"を罵倒するような言葉を投げつけてしまったこともある。それでも今の真白は、自分と同じようにトリコロールのことを第一に考えて動いてくれる。少なくとも自分は今の真白を"椿まりこの息子だから"なんて目では見ていないはずだ。
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