第三章:吹き荒れる北風、灼熱の太陽

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 事務所近くのこじんまりとしたカフェは、忙しい時間を過ぎたせいか、店内に客はまばらでゆっくりご飯を食べるには最適な場所だった。 「真白くんは何食べる?僕はこのスペシャルミックスプレートかな?」  パラパラとメニューをめくり、メニューの中で一際ボリュームがある絵を指差す。 「普通にハンバーグでいいかな」 「え? 真白くんそんなので足りるの?」  蒼が驚きの声をあげる。元々真白には食に対する欲がない。正直食べられればなんだっていいし、食事をしなくていい体があればそうなりたいとすら思っている。 「緋色くん明日はレッスン来られるのかな? 赤点1科目だといいね」 「え?」 「いやさ、多分科目毎に補習して、再試だろうから、流石に二日レッスン休んだら川嶋さんにバレるだろうなと思って」 (アイツは筋金入りの馬鹿の可能性があるという事か)  あんな深夜まで根詰めてレッスンしなくてもある程度でまとめて少し勉強にも力を入れればいいのに。匙加減のわからない緋色に真白はふつふつと怒りがこみ上げてくる。 「でもなんだかトリコロールデビューに向けて全力な緋色くん見ると僕もがんばらないといけないなと思うんだよね」  ニコニコと蒼が笑う。  そういえば蒼は何故アイドルになろうとしたか、改めて聞いたことがなかった。真白にとって社会人は未知の世界であるものの学生である緋色や真白よりもレッスンとの両立は相当大変な事だということはぼんやりと理解していた。しかし蒼はどんなにレッスンが深夜に及んでも根をあげることもないし、課題に上がったことを翌日には完璧に仕上げてくる。そこに至る原動力は一体なんなのだろう。 「蒼って何で社会人になってこの世界に入ろうとしたの?」  何気なく口から出た言葉に真白はハッとする。もしかして話したくない内容かも知れない。自分が椿まりこの息子というのを蒼に詳しく話していないのと同じように。 「あっそういえば、緋色君や真白君にも話してなかったね。実は本当に怒りに任せて書いて事務所に送った履歴書が川嶋さんの目に止まったらしくて」  いつもどんな時も笑顔でいる蒼から『怒りに任せて』という言葉が出てきたことに真白は驚く。 「僕だって怒る時もあるよ。怒り…というか正論を突きつけられて何も言えない自分自身に腹が立ってというのが正しいかな」  いつの間にか目の前に注文した料理が並べられていたが、今はそんな事より話の続きを聞きたくて真白は目の前に座る蒼を見つめる。 「今の会社に入るまで僕は多分何も深く考えないで生きてきたのだと思う。特に努力もせず、入れる高校に入って、なんとなく家から近い大学に入ったんだ。会社もなんとなく選んでね。人生とはそんなものだと思っていた。で、会社の最終面接の時に聞かれたんだ『君は今まで真剣に何かに打ち込んだ事はあるのか?』と」 「真剣に打ち込んだ事か…」  果たして自分も何かに真剣に取り組んだ事はあるのだろうか。と真白は想像をしてみたが、全く浮かんで来なかった。演技だっておそらく人よりは飲み込みが早いだけで、真剣に悩んだり壁に当たったりしたことはないのだろう。制作側に求められる事を満たせばそれで充分と思って真白は生きてきた。
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