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ある日、事務所の会議室で社長の川嶋に呼ばれた。
「今までよくレッスンに励んできたね」
川嶋が何を意味するのか、わかった。同期でデビューをしていないのは緋色だけだったし、自分よりも後から入った者がデビューしていく後ろ姿も見てきた。
「今の自分があるのは、技術を身につける時間を頂けたおかげです」
それは緋色の本心だった。あれから緋色は自分から表に出たいとは言わなかったし、苦しくても弱音を吐いたこともなかった。いつか必ず来るチャンスを待っていた。まっすぐに自分を見つめてくる緋色に、川嶋は高らかに笑った。
「おめでとう、デビューが決まった」
「ま、マジですか!」
「来月デビューだ。これから忙しくなるぞ」
「っしゃー!」
緋色はガッツポーズをした。社長の前だというのにも関わらず、思わず天に拳をつきあげるほど、喜んだ。やっとデビューできる。ようやくスタートラインに立てる。榊緋色はこれから輝くのだ、と胸が躍った。
「失礼します」
「入りたまえ」
会議室に緋色と同じ年くらいの男性が入ってきた。その髪は黒髪で、ややゆるめのカーブを描き、背は緋色より少し小さい。緋色と目が合ったが、するりと逸らされた。
「緋色、彼は雪野真白だ。君と同じユニットでデビューをする仲間だ」
「よろしく、緋色」
真白は緋色に握手を求め、手を差し出した。
「ユニット?どういうことです?」
真白の手に目を向けず、それよりも緋色は社長を問い詰めた。
「君たちは三人組でTricolore(トリコロール)というユニットでデビューするんだ」
「さ、三人? 俺、一人ではないんですか?」
「君が一人で? 笑わせるね」
真白の言葉は、緋色の予想しない答えだった。
「なんだと……?」
「せいぜい、僕の足を引っ張らないでくれよ、緋色」
緋色は頭を抱えた。いろんな情報が一気に流れて混乱している。
念願のデビューはソロデビューではなく、ユニットだった。そして、同じグループになるらしく紹介された雪野真白は自分が好感もてるタイプの人間ではない。
Tricoloreは前途多難の船出だったのだ。
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