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「はあ?」
誰に口を聞いているんだ。エキストラの分際で。
周囲もただならぬ気配に気がついてざわざわしはじめていた。
「君、名前は?」
「おまえと同じ事務所の榊緋色だ。よろしくな」
挨拶をしながらも、榊緋色は挑戦的な目で真白を睨み付けてくる。
「覚えておくよ。よろしく」
まぁ覚えておく価値もない人物だ。覚えておくとしたら下らない人間のカテゴリー内だ。真白は周囲を見回すこともなく控え室に戻った
控え室に戻ると代わる代わるスタッフが真白の様子を見に来ていた。注目の二時間ドラマのダブル主役のうちの一人が機嫌を損ねて、降板などされたらたまったものじゃないだろう。明らかに上層部であろう人間が真白のご機嫌取りに来る様子は真白からも滑稽に見えた。
「失礼します」
ドアをノックされスーツ姿の男性に付き添われて釈然としない顔つきで緋色が入ってきた。
「榊が大変失礼な事をしでかして申し訳ありません」
「……」
スーツ姿の男性が深々と頭を下げる。
「本人も猛省しているようですので」
「……」
猛省しているようには見えない。どうみても無理やり連れてこられたのは誰の目にも明らかだった。所詮もう二度と会わない子役に対して真白自身も特に何の感情も、もっていなかった。?
「ちげえよ、間違ってる」
頭を下げる隣でボソボソはなす言葉が聞こえた。
「挨拶もろくに出来ない人間が天才子役だって? 笑わせるなよ」
「榊! 何言い出すんだ!」
慌ててスタッフが制止しようとするが、緋色は言葉を続ける
「大体アンタの演技には心がないんだよ! 響かないんだよ! 本当に演技好きなのかよ!」
「は? 演技が好きなら全員天才子役になれるのか」
「そういう話じゃないだろ」
「じゃあどういう話なんだよ」
一触即発のムードにあわててスタッフが引き離し、緋色が控え室から引きずり出される
「意味わかんねえよ! 俺が何したっていうんだよ」
外から大きな声が聞こえてスタッフが慌ててドアを閉める。今時あんな精神論で語る馬鹿がいたのか。おめでたいヤツだ。
しかし何故か緋色に言われた『演技が好きなのか』という言葉が真白の中で引っ掛かった。自分は、演技の仕事が好きで仕事をしているのか。一度、考え始めてしまうと、その引っ掛かった言葉が少しずつ真白の演技に影響を与えていった。答えが出せなかった真白は、新たに仕事を受けることをやめた。
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