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「ここ、いいですか?」そう言って狭いスペースに割り込んで来た塔矢は、迷惑そうな顔をする隣のスタッフに「ごめん、ごめん」と口先だけの謝罪をすると、グラスを空にするよう促す。なんでわざわざ来るんだ――― と、心の中で舌打ちをした成瀬は仕方なく飲み干し、泡がついたグラスを差し出した。 「池田さんには いつもお世話になっています」 「いえいえ、こちらこそ~」  うそつけ、いつも からかうくせに――― そう心の中で悪態をつきながら注がれたビールを半分飲むと、使っていないグラスを持たせて注ぎ返す。泡が立ち過ぎぬよう注意を払いつつ 彼の表情を盗み見すれば、既に酔った顔が緩んで意外とチャーミングだ。  病棟や理学療法室では近寄りがたい雰囲気を漂わせているくせに、飲んだらそれが崩れるんだな――― そんなことを考えていたら目が合い、慌てて逸らした。始めて会った時に見惚れたように、塔矢は整った顔立ちをしていた。面長の色黒、目鼻立ちがはっきりした その顔は十人中十人が男前だと認める容貌だが、その威圧的な雰囲気を苦手とするスタッフも複数いて、成瀬もその一人であった。  ビールを酌み交わした後、なにを話せばよいのか分からない成瀬は途方に暮れた。だいたい、池田のことなど何も知らない。病棟では雑談なんかしないし、話すとしても患者のことオンリー。ならば話題はそれにして、問題のある患者を頭の中でリストアップしていたら 「だいぶ仕事に慣れましたよね」 「整形なんて実習以来でしたけど、皆さんに助けてもらいながら どうにかやっています」 「成瀬さんは見た目と違って努力家だから」  彼から初めて褒められて驚く成瀬だったが、聞きづてならない言葉に噛みついた。 「【見た目と違って】が余計です」 「だって、飄々として掴みどころがないから。経験は積んでそうなのに整形に関しては からっきしだったんで『やる気ねえな』と思ったんです」 「今までいたのがCCUと内科だけなんで かなり戸惑いました。だけど、ここへきた理由が『ジェネラリストな看護師になる』だったから奮起しました」 「ジェネラリストねぇ……」 「特定の看護分野に精通したスペシャリストにも憧れるけど、とりあえず一通りの科を経験して広く浅く知識をつけたいんです」 「意外と意欲的なんだ」 「『意外と』って…… さっきから失礼だなぁ」 「思ったことをすぐに口に出すタイプなんで」 「それで患者さんとトラブったりしません?」 「患者さんの前では役者だから」そう言って不敵な笑みを浮かべる塔矢だったが実際そうであった。スタッフには高圧的だが、患者にはソフトで紳士的な態度で関わり、我儘だったり やる気ない相手には根気強く接して身体の機能回復や維持に努めていた。が、成瀬が一目置くのはそれだけではない。出来の悪いスタッフを指導する際、患者の前では叱らずメンツをつぶすようなことはしなかった。ただし、裏でボコボコにして、その一人が自分であった。  目をつけられていた時は病棟に行くのが億劫だったけれど、今はこうして酌までさせて少しは認められたのかな――― そんなことを思って悦に入っていたら、塔矢が「ビールに飽きたから別のを注文しません?」と言い、飲物のメニューに手を伸ばす。 「おれは焼酎のお湯割りにしようかな」そう言って指差した銘柄を見た成瀬が「あ、自分もそれがいい」と言った言葉に、塔矢が反応した。 「前から思ってたんだけど、成瀬さんって九州の人じゃないですか?」 「なんでわかるんです?」 「だって時々訛るから。実はおれ、М県出身なんですよね」
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