1/4
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

 松岡と夜を過ごした数日後、成瀬は熱心にスマホを見つめていた。それは大手通販サイトで、10分近く にらめっこしたあと、溜め息を漏らした。 「ダメだ、決められない」  画面に映っているのは、コンドームの数々。自分用なら ここまで悩む必要はないが、使うのは あの松岡。次回持参してくるか分からないため用意しておこうと思ったのだが、種類が多すぎて選べない。いっそのこと、車で20分ほどのドラッグストアで適当に購入しようかと考えたけれど、それが出来ない事情があった。 ――― もし、知り合いに出くわしたら  過疎というだけあり、村人たちは住人の一人一人をよく知り、しかも診療所勤めのよそ者である自分はそれなりの有名人。加えて、ゲイということまで公表しているため、ソレを使う相手が まことしやかに噂されるのは火を見るより明らか。段々面倒臭くなってきた成瀬は、松岡に悪いと思いつつ、前に付き合っていた恋人が使っていた物と同じメーカー、似た性能のものに決めると、ローションもカートに入れて購入ボタンを押した。これでミッションコンプリート。なのに、成瀬の顔は炎に照らされたように赤かった。 ――― こうして用意周到になる自分が恥ずかしい  一線を越える前は『精神的繋がりがあれば、それで充分』なんて言っていたくせに、いざセックスすると想像以上に満たされて、週末が来るのを指折り数えて待つ始末。どこかに置き忘れてきた性欲がムクムク頭をもたげて『早く抱かれたい』と思ってしまうのだから呆れてしまう。  共に生きるということは、それ【込み】ということなんだから――― と、その必要性を力説した成瀬はスマホをテーブルに置くと、そのまま うつ伏したのだった。  一方、松岡といえば、その態度や言動に明らかな変化はなかった。寝た翌日も「おはよう」と言った後「大丈夫?」と聞いてきただけで何も触れてこない。『まあ、仕事中にベラベラ喋るのも問題だ』そう考え直した成瀬は仕事に集中し、自宅でやり取りするLINEに期待をよせたが、以外と素っ気ない文面に不安が積もってくる。 ――― セックスが下手でガッカリしたか、目的を果してテンションが下がったか  彼の心情をそれとなく尋ねれば済むことなのに、グズグズ悩んだ末に諦めた。そんな自分は恋愛において臆病で消極的な反面、変にプライドが高かった。例えば、気に入った相手が現れても向こうの出方を待ち、モーションをかけてくるよう仕向けるか、お膳立てをしてもらって行動を起こすといった具合で、前回の恋愛でもそうであった。  その時の相手――― 池田 塔矢(いけだ とうや)とは東京の病院で出会った。整形外科病棟に配属になった際、理学療法士であった彼と患者のリハビリを通して知り合った。  初めてその容貌を目にした時『いい男だな』と胸が高鳴った。こんな気持ちになったのは松岡以来で、失恋の痛手からようやく立ち直りつつあることに喜んだのも束の間、依怙地で頑固な性格に困惑し苦手意識を持つようになった。  塔矢は患者やスタッフからの信頼が厚く理学療法部を背負って立つ存在だった。そんな人物から目をつけられ、常に【無能】呼ばわりされた成瀬はストレス性の蕁麻疹に悩まされるほど精神的に追い詰められてしまったのだった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!