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 成瀬の告白に塔矢は言葉を失い、吊り上げられた魚のように口をパクパクさせたのち「うそだろう?」と呟いた。 「嘘じゃない」 「だって、前に『彼女がいた』って言ったじゃん! その彼女と別れて上京したって」 「それ、彼女じゃなくて【彼氏】だったんだ。ごめん、嘘ついて」 「なんでそんなこと言ったの?」と咎められた成瀬は口籠る。『気がありそうなアンタから逃れるため』なんて、口が裂けても言えない。 「正直に言えるはず、ないじゃないか」 「確かに、そうだけど……」と、渋々納得した塔矢は成瀬の方へ向き直り、真剣な、それでいて縋るような眼差しで見つめてきた。 「カミングアウトしたってことは、おれの気持ちを受け入れてもらえるってことだよね?」 「まあ……」 「まあって?」 「いいよ…… 」 「『いいよ』って、どっちを指すの?」 「…… ん?」 「承諾にも断りにも とれるじゃん」 「えっと『承諾』の方…… 」 「マジで?」 「うん、マジで」  この思いもよらぬ展開に、塔矢は天井を仰いで「うそだろ……」と呟き、再び視線を戻した時には はち切れんばかりの笑みを浮かべていた。 「だけど、どうしてその気になったの?」 「一生懸命さに ほだされた」 「おれの努力が報われたってこと?」 「病院では威張っているのに、俺に対しては優しいから、つい」 「『つい』ねぇ……」と苦笑いしつつ喜ぶ塔矢を見つめながら、成瀬は自分のズルさを自覚した。相手の好意に気づいて まんざらでもなかったくせに、自分から行動を起こさず相手の出方を見た。そして、告白されれば勿体ぶって承諾し「ほだされたから」と惚れた弱みにつけこむ言い方をして。でも、当の本人が嬉しそうだからいいや……と、開き直ってグラスを飲み干したら、マスターがシャンパングラスを2つカウンターに並べた。 「私からのお祝いです」  どうやら彼は二人の会話に聞き耳を立てていたようで、成瀬の顔がみるみる赤く染まっていく。 「池田さんのこんなに晴れ晴れといた お顔を見るのは久しぶりです。良かったですね、ようやく想いが叶って。ずっと私も気になっていたので嬉しいです」 『ずっと』という言葉に、塔矢が恋の悩みを打ち明けていたことがわかり責めるような眼差しを向けたところ、当の本人が慌てて弁解する。 「大したこと言ってないから」 「いやいや、暗~い顔をして溜息ばっかりついてたじゃないですか。『どうしたんですか?』と尋ねたら『あんまり話したくない』と言いつつ、そのあとは つらつらと」 「それ以上しゃべらないで」  そんな二人の会話から、告白までの経緯を想像した成瀬は『あの池田が他人に相談するなんて』と微笑ましく思い、彼にグラスを持つよう促すと自分のそれと合わせたのだった。  バーを出た後、帰る方向が同じ二人は一緒にタクシーに乗り込んだ。気持ちを確かめ合った二人はなぜか無口で、時折言葉を交わしたあとは車窓に視線を移す。そんな中、成瀬の右手に何かが触れた。塔矢の左手だった。偶然だろうか…… と放っておいたら、それが意識を持って動き出し、重なり、握ってきた。  求められていることを悟った成瀬は悩んだ。あともう少し気持ちを成熟させたかったけれど、『もう待てない』といった風に力を込められると折れそうになる。が、片思いだった相手と気持ちが通じ、喜びを昇華させたいと願う心が理解できる成瀬は自宅マンションに着くまでに腹を括った。そして、先に降りると後部座席で待つ塔矢に向かって声を掛けた。「家に寄っていかないか」と……  こうして一夜を共にした後、二人は逢瀬を繰り返し、塔矢が新しい病院に移ってからも続いた。塔矢が成瀬の自宅から出勤することも度々で、私物が増え、同棲を始め、住民票も移した。  塔矢は口数が少なく不愛想だが、二人でいる時は優しかった。早い段階で一線を越え、目的を果たして飽きられるか捨てられるかを危惧した成瀬だったが、彼の愛情は変わらず、毎晩求めてくる。「ひかる…… ひかる……」とうわ言の様に囁き、貪るように抱かれると、それが誇らしい成瀬は優越感に浸って幸せを噛みしめた。時々けんかもしたけれど犬も食わないような内容で、こうして二人は13年間添い遂げたのであった。 ※ 次回から20年後に戻ります
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