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◆◆◆◆◆  松岡が訪れる前の晩、LINEにこんなことが書いてあった。 「晩飯を一緒に食べよう」 『もちろん そのつもりですよ』と目を細めたら、その後「おでんを作ってくる」とあったので、成瀬は仰け反った。まさか、松岡自ら食事を振舞うなんて。しかも、おでん! と、嬉しさを通り越して驚愕していたら、昔の記憶が蘇ってきた。それは20数年前の出来事で、自分が扁桃炎で寝込んだ時、料理を作ってくれた。それは喉が痛くても食べられる優しい味のポトフで、まともな食生活をしていなかった自分はペロリと平らげた。そういえば、初めて泊まった朝も味噌汁と温泉卵を作ってくれたっけ…… と、封印していた過去を紐解いた成瀬は彼の優しさに再び触れて心を和ませた。  週末を仲睦まじく過ごそうとしている松岡の気持ちに答えたかった成瀬は、居間のワインセラーから1本のワインを選んできた。それは彼と出会った頃に作られたもので、当たり年だった為に味に期待が持てるだろう。その成熟した赤ワインを飲みながら昔話に花が咲いたらいいな…… そう思いながら(苦い結末だったけれど、今こうして再会できたのだから良しとしよう)成瀬は明日が来るのを楽しみにした。  その日の夕方。  成瀬は久しぶりにカセットコンロを出してテーブルの真ん中に据えた。そして、取り分け用の皿と箸を置き、ワイングラスも曇り一つないようピカピカに磨いて、松岡が来訪を待った。が、約束の時間が過ぎてもインタフォンが鳴らない。もしかして急患が来たんだろうか? と心配になってスマホを手にしたその時、電話が鳴り出し慌てて表示を見ると【松岡先生】の文字が⋅⋅⋅⋅⋅⋅ 「もしもし先生? 何かありました?」と、急患に備えて上着を取りに行こうとしたら、電話の向こうの雰囲気がいつもと違う。どういうわけか松岡以外の気配を感じて「どこにいるんです?」そう尋ねたところ、なんと成瀬の自宅のすぐ隣。同じ敷地内に立つ大家の家まで来ているというではないか!  どういう経緯で彼らの家にいるのか分からない成瀬は頭の中を疑問符で一杯にした。  松岡がここへ足を運ぶのを(しかも一泊)他人に見られたくなくて、人目に付かない裏口を松岡に教えた。なのに こんなことになったということは、大家に見つかってしまったんだろうか⋅⋅⋅⋅⋅⋅ 「おでんを作り過ぎちゃってね。大家さんにおすそ分けしようと伺ったら『是非、上がって下さい』と言われて。良かったら君もおいでよ。みんなで食べよう」  この思いもよらない展開に成瀬の目が点になった。その説明から、彼が端から人目を忍んで来る気がなかったことが分かり、その真意を知りたかった成瀬は急いで玄関のサンダルを引っかけると外へ飛び出した。 ※ 次回、最終話です
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