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 歩いて1分もせずに大家の家へ着き、引き戸を開けて三和土を見る。そこには見慣れた靴が家族の物と並んでいて、松岡の来訪が事実であることを知った成瀬は肩をすくめた。 ――― いったい、どういうつもりなんだろう  老齢の主人が出迎える手間を省くため、勝手知ったる成瀬は黙って上がり、賑やかな声がする居間の引き戸を開けた。すると、座卓に三人。その中心に湯気立つ おでんが目に飛び込んできた。 「いらっしゃい。待ってたよ」  満面の笑みで迎えた大家は成瀬を空いたスペースに座らせるとグラスを持たせた。 「そういや、ビールは良かったんかね」 「少しぐらいなら」 「ばあさん、代わりのものはあるかい?」 「冷蔵庫に麦茶が」 「勝手にするんで大丈夫ですよ」  時々大家の家で食事に呼ばれる成瀬が そう答えたあと、松岡の音頭で乾杯した。まだビールに慣れていない成瀬が少しだけ口に含んでグラスを置くと、松岡と目が合う。すると、申し訳なさそうにこう言った。 「呼びだしてごめんね。さっきも話したけど、おでんを作り過ぎちゃってね」 「ご相伴にあずかれて嬉しいです。それにしても凄い量だな。これ、先生が一人で作ったんですか?」  まだモヤモヤしている成瀬が澄まし顔で言うと 「うん、材料は津原さんに用意してもらって昨日から仕込んでおいたんだ」 「いただきます」そう言って手を合わせた後、つぎ分けてもらったものを食す。大根はスッと箸が通るほど柔らかく、口に入れるとジワっと出汁が溢れ出た。成る程、時間をかけて煮込んだだけあって絶品。『20年経った今でも腕前は健在なんだな』と、成瀬は目を細めた。  にしたって、この具材の量。とてもじゃないが2人分だと思えず、松岡は最初から大家に配るつもりで仕込んだのでは? と考え始めた。ということは、彼は正攻法に出たのだ。つまり、自分の家へ行くことを公に。裏から夜這いするようなことをしなかった。案の定、賑やかな食卓に上機嫌な大家に酌をしながら、彼はこう言った。 「ここへ来て一年過ぎましたが、週末一人で食事をするのが侘しくて。その話を成瀬君にしたら『なら、一緒にどうです?』と誘ってくれたんです」 「たしか離婚して こっちへ来なさったんでしょう? そりゃあ寂しかろう」 「最初は悠々自適に過ごそうと粋がっていたんですけどね、やっぱり歳を食ってからの一人身は辛いです。遠方に息子がいるんですが、滅多に連絡を寄こしてくれなくて」 「そういうことなら、ここへも夕飯を食べに来てください。わしら夫婦、毎日顔を突き合わせて食事するのも大概飽きたんで」 「じゃあ、お言葉に甘えて酒瓶とつまみ持参で伺おうかな」  いつの間にか大家と親しくなり、家を行き来する約束も取り付けた松岡は一時間後ここを出た。そして、玄関まで見送りに来た大家に実家から届いた珍味をお礼に渡して更にポイントを獲得した。そんな抜け目のなさに舌を巻く成瀬だったが、これも自分との甘い時間の為の根回しであることが分かっていたので、離れへ向かう道すがら礼を言った。 「すみません、色々気を使っていただいて。でも大家さん、凄く喜んでましたね」 「ごめんね、勝手にあんなことして」 「とんでもない。これで、誰の目も憚らずに逢えるようになりました。先生、そういうつもりだったんでしょう?」 「君とコソコソ逢うのが嫌だったんだ。だって、悪いことをしているわけでも迷惑をかけているわけでもないんだから。不倫ならいざ知らずお互いフリーなんだから堂々としていたい」  そう説明した松岡は、成瀬と一晩過ごす時には必ず大家の家へ寄って立ち話をし、時々手土産を渡していた。それは義務的な感じではなく むしろ楽しんでいる風なのだから彼の社交性の高さは折り紙付きである。  そんな様子を目にした成瀬は、その脳裏に一人の男の姿が浮かび上がらせた。  塔矢は彼とは正反対だった。仕事以外の人との関わりは最低限、周りから『付き合いが悪い』と感じさせないギリギリのラインで行なっていた。だけど、双方とも優しく頼りがいがあり、一途に愛してくれたことは同じ。そんな恋人たちと出会えて幸せだ――― と、成瀬はしみじみと感じ入るのだった。 ――― end 最後までお読み下さりありがとうございました。 やっと想いを遂げた成瀬と松岡でしたが、作者の一存で塔矢を割り込ませてしまいました。だって、彼の話を書きたかったんです、ご免なさい! 【連星 1】というだけあって【連星 2】もあるのですが(成瀬と塔矢の初夜直後からの話)それはまた後程······ 次回から、二人(松×成)の新婚生活(!?)を描いた短·中編が始まります。 読みにいただけたら幸いです。
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