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 上京してしばらく経つと、成瀬のストレスは うなぎ登りに上昇した。失恋の痛手を乗り越えるため縁も縁もない大都市へ移住したものの、生活や仕事に馴染めなかったせいである。  見下ろしてくるビル群、溢れかえる人、知り合いがいない孤独に苛まれ、上京して1ケ月で体重が3キロ落ちた。それに加えて、これまで経験したことのない大規模病院での慣れない業務に翻弄し、塔矢の様な厳しいスタッフからパワハラに近い扱いを受け、すっかり意気消沈した成瀬は仕事以外は自宅に籠るようになった。そんな生活を送っていた矢先、夕食のコンビニ弁当をだらしなく食べていた時【あること】に気づいて目を見開いた。 ――― 俺、ここへ来てから松岡先生のこと忘れてる  東京へ来た最大の目的は、彼への未練を断ち切ること。それが、無意識に実践できていたことを喜ばしく思った成瀬は、スキルアップを真剣に考え始めた。  確かに、自分は役立たずだ。整形外科での経験は看護学校での実習以来。ロクに包帯も巻けなくて無能呼ばわりされても仕方がない――― そう割り切ると気持ちが楽になり、仕事への意欲と積極性を奮い立たせた。そして、自宅に引き籠るのを止め、話題の店や観光スポットに足を運んで都会の生活を満喫することを試みた。すると、成瀬の表情に明るさが戻り、仕事でも知識や技術がレベルアップして、苦手だった塔矢に自分の意見を述べるほど成長した。  そんな彼の変化に一番に反応したのは、塔矢本人であった。  赴任してきた当初は笑顔もなく俯き加減だった新人が、徐々に自信をつけて病棟に馴染んできたため、初めて向こうから話しかけてきた。 「最近明るいけど、何かあった?」  その言い方が嫌味っぽくて、これまでの理不尽な扱いを根に持つ成瀬が「別に……」とおざなりに返事をすると、それを面白がって絡んでくるようになった。  病棟で会うと用もないのに近づいてきて「元気ですね」とか「忙しそうですね」と言って ちょっかいをかけてくる。それが うっとうしくて適当にあしらうと「ご機嫌斜めだ」とか「コワ~イ」と茶化される。そんな二人を見たスタッフから「気に入られちゃって可哀相」と同情を込めて言われると『まさしくそうだ』と言わんばかりに更に邪険にした。  普通に話しかけてくれれば、そこまで嫌いはしない。だけど、皮肉っぽい笑みを浮かべながら冗談とも本気とも つかないことを言われると、反感を持つのは当たり前。そして、赴任して間もない頃の仕打ちが忘れられない成瀬は仕事以外での接触を避けるようになり、彼が出席する飲み会の参加を ことごとく断った。それなのに……  いつものように池田の出欠を確認して出た飲み会に彼がいて、しかも瓶ビール片手に隣に座わってきたので成瀬は あ然とした。しかも、避けられていることに勘付いた彼が『欠席する』とフェイントをかけた事実を知って混迷を深めてしまった。
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