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塔矢が隣県の出身者だということを知って成瀬は驚いた。なぜなら、都会的な雰囲気を身に纏っていたし、言葉も綺麗な標準語だったから。
「M県のS村、知ってます?」
「聞いたことがあるような、ないような。場所はどの辺ですか?」
「県の ど真ん中、山に囲まれた長閑なところです」
「自分はO県H市出身で、ここも結構な田舎ですよ」
「ウチに比べたら都会ですって」
「娯楽といったらスナック、カラオケ、パチンコと雀荘くらい。あと、唯一観光と呼べるのが温泉で」
「温泉は高ポイントだな。オレんところは観光資源がない上に高速も鉄道も通っていない辺鄙な所だから、若者は学校を卒業したら農林業を継ぐか出ていくしかなくて。自分も就職口がなくて上京したんですが、成瀬さんは?」
一瞬、脳裏に松岡の顔が浮かんで誤魔化そうと思ったが、正直に話すことにした。
「ここへ来る前、D市の病院で2年間働いてたんですが色々あって……」
「自分、将来九州に戻るつもりで、とりあえずD市で暮らすことを考えてるんだけど、そこって住みやすいのかな?」
「そこそこ都会なのに人が多過ぎず物価も安かったです」そう言いながら、自分の住んでいたアパート周辺や松岡と訪れた繁華街を思い出して望郷の念に駆られていたら、塔矢がある提案をしてきた。
「病院には九州の出身者が結構いて同郷会があるんです。成瀬さんもどうです? 入りませんか?」
「同郷会?」
「不定期に飲み会をしたり、バスを借りて遠出したりするんです」
この誘いに成瀬は悩んだ。どちらかというと人見知りするタイプで知らない人間と話すのが苦手だったから。一方で『院内の面識が広い方がジェネラリストの近道になる』という思いもあり、そんな相反する気持ちに揺れ動いていると「気が向いた時だけ来ればいい」と、ごり押しされて参加を決意する。
「次の活動が決まったら連絡しますね」
そう言って電話番号を書いた割り箸袋を渡された際、迷ったけれど それに倣った。すると、塔矢は目を三日月にしてメモを見つめたあと、大切そうに財布に仕舞った。『そんなに仲間が増えるのが嬉しいのかい』と、心の中で突っ込んだ成瀬は
「不精なんで期待しないでくださいよ」
「みんなそんな感じだから大丈夫。声をかけても、来るのは半分くらいだから」
「会員は何人ですか?」
「30人ほど」
「結構いますね」
「成瀬さんも東京へ来て間もないから心細いでしょう? だから、こういう所に顔を出したほうがいい。きっといい出会いがある」
【いい出会い】とは、恋人の類を指しているんだろうか――― そんなことを考えながらグラスに残ったビールを飲み干す成瀬だったが、実は塔矢が成瀬と近づく口実であったとは知るよしもなかった。
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