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 この飲み会のあとから、塔矢の様子に変化が起きた。見下していた態度が改まって からかわなくなり、成瀬が内科全般に明るいことが分かると持病のある患者への助言を求めて感謝を口にし、二人が同い年だと知ると砕けた口調で話しかけてくるようになった。すると、成瀬も彼への苦手意識が薄らぎ好感すら持つようになった。  そんなある日のこと、例の同郷会で歓迎会が開かれることになり、成瀬が主賓として招かれた。驚いたことに幹事は塔矢で、彼の呼びかけに ほとんどのメンバーが集まり盛大に催された。  面識のない人々に囲まれることに不安を覚える成瀬だったが、塔矢が常に傍にいて酌をしにくるメンバーの一人一人を紹介して馴染めるよう尽力した。そんな優しさに触れた成瀬は お開きになった頃には すっかりほだされ、一ケ月後に催されるデイキャンプへの出席に【YES】と答えた。ここでも幹事の一人である塔矢がキャンプ場やマイクロバスの手配、食材の買出しなどに関わり、会を盛り上げることに奮闘し、新人の成瀬が孤立しない様に目を配っていた。  帰りのバスの中、成瀬の隣に座った塔矢は病棟では話さないプライベートなことを語った。四人家族の長男で下に妹がいること。高校時代は30キロ離れた学校まで片道一時間半かけて通っていたこと。父親と折り合いが悪くて殆ど帰省しないこと…… 等々。そして、成瀬の番になり家族のことを話さなければならない雰囲気になった時、その複雑な事情を察した塔矢は深く追求せず次の話題に移った。その時、彼はこう言った。 「おれも家族とは色々あったから気持ちはわかる」  そして時が巡り二人が付き合い始めた頃、塔矢はその性癖のせいで家を出らざるを得なくなったことを告白したのであった。  池田の勧めで入会した同郷会だったが、意外と短いスパンで案内が来るため、さすがの成瀬も億劫になってきた。先々週集まったばかりだというのに次回のアナウンスがあった為【キャンセル】の文字が頭をよぎる。自分の歓迎会以後、参加率は下がっていて『気が向いた時だけ来ればいい』と言った塔矢の言葉を思い出した成瀬は患者をレントゲン室まで搬送した際、顔見知りの放射線技師に尋ねてみた。 「今度の同郷会、参加します? 自分はパスしようと思っているんですけど……」 「同郷会? 俺、誘われてませんよ」 「うそ……」 「連絡ないけど。もしかして、メールを見落としたかな?」そう言いながら、最近普及し始めた携帯電話で確認したところ 「やっぱり来てない。それ、本当に同郷会ですか? ただの飲み会じゃないんですか?」  いや、そんなはずはない。池田から誘われたとき間違いなくそう言った。「不定期どころか頻回にあるんですね」と、驚いたら苦笑いしていたのだから。じゃあ別のメンバーにも確認しようと、病棟へ戻る途中 薬剤部に寄って聞いてみたところ、返ってきた返事に耳を疑った。彼女曰く、今回も前回の飲み会も案内がなかったとのこと。すなわち、それらは偽りの同郷会の可能性があり、塔矢が関与した疑いがあったのだ。
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