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 二人掛けのテーブルに塔矢と差し向かいで座った成瀬は落ち着かなかった。以前と比べて苦手意識は薄らいだけれど、レストランというデートをするようなシチュエーションのせいで、いやが上にも緊張が高まったから。なので、それを和らげるためにアルコールの力を借りることにした。  店員がメニューを持ってやってくる。「お飲み物は何になさいますか?」の問いかけに食前酒を頼むことにした成瀬は、ワインリストを見ながらスパークリングワインを選び、前菜に合いそうなグラスワインも注文した。  前菜とパスタ、そしてメインディッシュをシェアして食べることにした二人は、運ばれて来たグラスを掲げて乾杯した。塔矢はクラフトビールを半分ほど飲むと、スプマンテを優雅に傾ける成瀬を見て一言。 「なんだか手慣れた感じがする」 「なにが?」 「ワインを選ぶとき、店員に色々聞いていただろう? それも楽しそうに。ああいうこと、いつもやってるの?」  少し棘のある言い方をされた成瀬は「嫌味っぽかっただろうか?」と反省する。  飲むと決めた時、せっかくだから旨いワインを楽しみたいとソムリエに色々尋ねたのだが、的確なアドバイスが心地よくて つい会話が弾んでしまった。又、松岡と別れた後、ステップアップを図るために飲み歩いて場慣れしていたというのもあるだろう。 「D市で暮らした2年間、休みの度に飲み歩いていたからね。それ以前はビールと酎ハイしか知らない田舎者だった」 「それって誰かと?」 「そういう時もあったけど、だいたい1人。そっちの方がリラックスするから」 「ふ~ん。でも、そんなことをしたら彼女さんが拗ねたりしなかった?」  この質問で恋人の有無、しかもさりげなく性別まで判断しようとする塔矢を『小賢しい奴』と思った成瀬は どう返答するか迷った。もし、付き合ってもいいと思うなら、同性愛者であることを それとなくアピールするけれど、今は仕事と生活に慣れるので必死だし、正直塔矢はタイプではない。松岡しか知らない自分は無意識に彼を基準にしていて(その後、それが高望みであることに気づいて考えを改めた)塔矢に物足りなさを感じた成瀬は、期待を持たせない方がいいと結論を出す。 「拗ねたりなんてしなかった」 「そう……」と、少し落胆した表情を見せた塔矢だったが 「その彼女とは? もしかして遠距離恋愛中?」 「いや。だから、キャリアアップを目指して上京できた」  と、そこだけ真実を話した成瀬に「今はフリーなんだ」と、塔矢は独り言のように呟いたのだった。  最初、二人で食事をすることに緊張した成瀬だったが、酒の力もあって次第に気持ちが解れていった。  会話は仕事には触れず、最近のニュースや話題、興味があること、そして上京あるある話など。そんな他愛もない話が相手のことを知るには打ってつけで、互いの考え方、価値観などを知る手掛かりとなった。  塔矢は仕事では厳しく妥協を許さない男であったが、それ以外は普通でむしろ朴訥としていた。東京暮らしが長く色んな所へ足を運んでいるかと思いきや、意外と地味で食事も飲みに行くのも決まった場所しか行かないという。これといった趣味はないがオートバイが好きで、上京する際には親戚から譲り受けたバイクに跨り、野宿しながら東京を目指したとのこと。それはかなり旧式のシロモノで、時々エンストするので自分でメンテナンスをしていると笑っていた。そんな自分とは無縁の世界の話に前のめりになって聞いていたら、塔矢がこれまで見せたことが優しい顔で「いつか後ろに乗っけてあげるよ」と笑いかけてきたのだった。
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