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その後―――
病棟に着いてからが地獄だった。塔矢の元恋人探しをしてしまったからだ。行き来するスタッフ、それも男性をターゲットに「こいつか?」「それとも あいつ?」と、一人一人をチェックするのは本位ではない。しかし、心が、体が言うことを聞かず勝手に動いてしまうのだ。
塔矢が患者のリハビリのために病棟へやってきた。彼はナースステーションに入るや否や成瀬の姿を探して辺りを見渡す。すると、テーブルで看護記録を書いていた成瀬が気配を感じて顔を上げた。
視線を交わす。その間、僅か3秒。が、目が合ったにしては長すぎる時間、彼らはそれぞれの想いをそこに凝縮させると、塔矢は受け持ち患者の状態を把握するためカルテワゴンの前へ行き、成瀬は記録の続きを書くため手を動かした。
成瀬は、塔矢の登場に自分以外反応を示したスタッフがいないか辺りを見回した。シャーカステンの前でレントゲンの読影している者、席を立ち患者の診察へ行こうとする者、受け持ち患者の看護計画の見直しをしているもの、患者の状態をドクターに報告しているもの――― etc。誰一人として、塔矢に視線を向ける者はおらず、成瀬はひそかにため息をついた。
――― こんなこと、毎日やってたんじゃ仕事にならない
塔矢曰く『その男とは別れてから日が経ち、彼には新しい恋人もできて自分のことは眼中にない』とのこと。なので、こんな無意味なことをするのは時間の無駄だし精神衛生上よくない――― そう思い直した成瀬は、元恋人探しを止めて仕事に集中するよう努力した。
が、そんな雑念を吹き飛ばす出来事が午後に起こった。造影剤を使った検査をした患者が病室に戻ってきた途端、重度のアレルギー症状を起こしてしまったのである。
同室者から「様子がおかしい」とナースコールがあり、女性患者がベッド上で意識を失っていた。
その時、向かい側の病室で骨盤けん引の取り付けを行っていた成瀬は、直ちに救急カートを押して病室へ向かった。
「検査が終わったМさんと話しをしていたら、急に白目になって意識がなくなったんです。私、何か悪いことしましたか?」そう言って動揺する同室患者に「大丈夫ですから」と声をかけて部屋から出すと、別の看護師がバイタルチェックをするなか隣のベッドを端に寄せ、処置がしやすいよう環境を整える。幸い自発呼吸はあるが、血圧が低下し脈も取れないことを焦るスタッフの傍で、着々と初期対応を進めていった。
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