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「ああ、そうだろうよ。でも、残念だったな。生憎、俺にMっ気はないから。とにかく、その腕をどけてくれ」
しかし、訴えはあえなく却下。これにカチンときた成瀬は力づくで逃れようとしたのだが、ふとその手を緩める。
――― 傷、見られたかも
そう、この背中には父から受けた虐待の痕が刻まれていた。その後、父とは和解し わだかまりは残っていないけれど、詮索されるのが嫌だった。『かわいそう』などと同情や哀れみを持たれるのが惨めだし癪にも障る。もっと関係が深くなれば自分の生い立ちや境遇を話す時期も来るだろうが、これから先どうなるかもわからない相手にそこまで晒す筋合いはない。第一、この状況下で説明するのが面倒だ。
しかし、その心配は杞憂に終わった。シャワーを浴びる後ろ姿を見ていたのだから気付かないはずがないのに、何も聞いてこない。素知らぬふりをして胸をまさぐり股間を押し当ててくる。
この時、成瀬は数か月前の出来事を思い出していた。
あれは、病院の同郷会で行われたデイキャンプの車中での一コマ。
隣りに座った塔矢は病棟では話さないプライベートなことを話した。四人家族の長男で下に妹がいること。高校時代は30キロ離れた学校まで片道一時間半かけて通っていたこと。父親と折り合いが悪くてあまり帰省しないこと…… 等々。そして、成瀬の番になり家族のことを話さなければならない雰囲気になった時、その複雑な事情を察した塔矢は深く追求せず次の話題に移った。その時、彼はこう言ったのだ。
「話さなくていい。おれも家族とは色々あったから気持ちはわかる」と……
――― ああ、だから彼はこの傷について触れてこないんだ
塔矢のイメージとは裏腹の、思いやりと優しさを知った成瀬は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。そして、それまで逆らっていた腕の力を緩めると成すがままになった。
尻の割れ目に滑り込ませた屹立が激しく上下する。それに伴い、塔矢の息遣いも熱く荒くなり、成瀬は戸惑いと焦りを覚えた。
――― まさか、これで果てて終わりなワケ?
初めてのセックスは時間をかけ、順を追って進めたかった自分としては多少ショックなことである。
正直言うと、塔矢のことはよく知らなくて、付き合っていく過程で関係を深めていけばいいと思っていた。だから、初めて肌を合わせる時はゆっくりと、相手を知るようなセックスがしたかった。なのに、これでは射精だけが目的で、しかも彼だけ気持ちよくて自分は置いてきぼり。ああ、それに比べて先生との時は、こちらの満足を第一に考えてくれた。だから、自分は愛される悦びと優越感に浸れたけれど、あれは彼が特別で、本来男同士の性交は己の気持ちよさを追求し、快楽を競い合うものなのかもしれない――― と、経験の少ない頭でウダウダ考えていたら、耳元で塔矢が囁く声が聞こえてきた。
「悪い、我慢できないから一回出していい? あとでうんと可愛がってあげるから」
一回出す? あとで可愛がる? と、その言葉の意味を考えていたら、尻から背中にかけて熱いものが飛び散る感触が……。どうやら塔矢が射精したようで、のしかかってきた胸が忙しげに動き始めた。
「ごめん。おれ、堪え性がないんだわ。もう少し時間を置いたら回復するんで先に上がってもらえる?シャワーを浴びたらすぐに戻るから」
塔矢は はにかんだ表情でそう言うと、シャワーのコックを捻って自分が汚した成瀬の尻や背中を洗い流し始めた。特に尻を洗う際、孔に少し指を入れたり、会陰をなぞったり、その奥の陰嚢を軽く揉みしだいたり――― と愛撫を施し、その後成瀬をこちらへ向かせると、蕩けるような視線で見つめてキスしてきた。
――― これで終わりではなかったようだ
当然と言えば当然なのに、早合点してしまった自分のゆとりのなさを恥じた成瀬が顔を赤く染めると、欲情したと勘違いした塔矢は「色っぽい顔、すんなよ……」と、再び唇を吸い「部屋で待ってて」と、肩にバスタオルをかけたのだった。
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