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1 夢
顔に感触がある。
感触は冷んやりとしている。
それは湿った布のようではない。
濡れたガーゼのようでもない。
直接触れた雪のようでもない。
硬い氷のようでもない。
柔らかい手の感じがする。
が、それにしては冷たさ過ぎないか。
けれども凍傷になりそうな感覚はない。
冷えてはいるが、優しいのだ。
そう思うわたしの身体は仰向けだろうか。
うつぶせではないとは思うがはっきりしない。
座椅子にずれて背凭れている程度に角度を感じる。
それならば顔も斜め上を向いているはずだ。
目が開かない。
……というか、目が開くというという感覚を忘れている。
が、そう思った途端に硬直解除。
薄目を開ける。吃驚だ。驚いてしまう。
不思議と怖いとは思わない。
魚なのだろうか。それとも単なる水の精か。色が薄銀なのは魚っぽいが、わたしの脳がわたしの記憶をサルベージして一番似た形状をわたしに送り返しただけかもしれない。
けれども手もあれば足もある。だから魚とは程遠い。……ということは足さえなければ人魚かというと、それとも違う。ステロタイプ化すれば上半身が魚で下半身が人間の、あのマグリッドの逆人魚に行き着くのだろうが、それとも違うか。顔の形がもう少し膨よかで、画ではないので肉感があり、よりヒトに近いような気がするのだ。ただし顔に表情はない。全体のバランスのせいなのか、薄っすらと笑っている印象はあるが。でも、それが所謂薄ら笑いとは違い、犬の笑顔のように爽やかだ。身近な異形、あるいはそれに近い存在を思わせる。
顔に表情がないのはわたしのことを訝っているからか。ペタペタとわたしの顔に触って反応を窺っている。薄い水掻きのようなものが揺れている。そのイメージは例えば河童か。賢い動物、あるいは満足している飼い犬のようにペタペタ触りを繰り返す。だが知能が足りないのか、わたしの薄目に気づいた様子はない。ここでパッチリと目を開けたら慌てふためくのだろうか。それとも変わらず無表情か。
そう考えていると急に身体が沈み込む。今までは水面に浮かんでいたようだが、違うのか。見上げれば川か湖の界面が輝いている。それがキラキラとうねっているのから昼なのだろう。
海ではない。理由は不明。直感だけがわたしにある。
一体どんな理解の仕方なのだろう。あるいは非理解的帰納とか。
身体はまだ沈み続けている。息が苦しくないのが不思議だが、その時点ではまだ夢だと気づいていない。後で思い返せば色も付いていなかったのだが、あのときはそれに気づくほど冷静でも明晰でもなかったようだ。
ふと横を向くとアレが戻っている。わたしと同じ速度で水中を降下しながらペタペタ触りを繰り返す。だから、そろそろいいかなと思って目を開けると案の定アレが吃驚する。だがホッと溜息をついたような顔つきも見せる。ついでウンウンと首肯くように首を振ると次の瞬間にはもうわたしの目の前から消えている。
何処にもいない。
すると暗転。
わたしが闇に囲まれる。
何処にもいない。
わたしもいない。
いや、わたしはいるのだが、まるで自分の感覚がしないということ。
目覚めたいという想いはある。だが同時に目覚めたくないという想いもある。
そのときにはもうベッドの感覚に包まれている。けれどもそのベッドは幻想で、わたしが寝ているのは柔らかいが湿った草の上だ。けれどもそれはわたしの発見場所で、気を失っていたわたしに記憶があろうはずがない。しかし時折意識が戻り、憶えていたとも考えられる。でも知らない土地なので所詮記憶のツギハギだ。
わたしは昔に会いたくて、あの場所に出向いたのだろうか。良い思いで出など僅かだというのにノコノコと。
わたしは一体何を期待したのだろう。年月は取り戻せないと知っていたはずなのに。過ぎ去った日々は懐かしんでこそ価値があると理解していたはずなのに。
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