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「え?今?」
「味が南沢の好みだったか気になる」
榊もそんなこと気にするのか。率直に思い、また嬉しさが募り、油断すると涙が溢れそうになる目元に力を入れ、チョコを一口齧った。
「これ」
「どうだ?」
「美味しい。ってか、全然甘くない」
そう言うと、榊は「良かった」とほっと、本当に安心したかのように息を吐きだした。
「もしかして、俺が甘いの苦手だって」
「うん。店員にも聞いて俺も食べて甘くないって確かめたけど、それでも心配だった」
だから、良かった―。
口角を上げて榊が笑った。本当に嬉しいような、そんな笑顔。
雪は慌てて、下を向いた。もう、我慢できそうにない。けれどまた、榊の前で泣くわけにはいかない。
だって、嬉しすぎるから。榊が雪の好みを覚えてくれていたことも、雪のためにバイトを増やしてくれたことも、甘いものが好きなくせに苦いチョコを敢えて食べたことも。それからあの日、答えられなかったのに探してくれてこうして今、側にいてくれることも。
もし、好きの気持ちが目に見えるのなら、好きを計測できるコップがあるのならきっと、雪が榊に抱く好きの量はもう、コップから溢れ出ているだろう。
零れて、けれどまだ溢れて出てくる。それくらい榊が好きだ。
今ならヴァレンチノの気持ちがわかる。規則に抗ってでも、愛し合う若者を祝福したい気持ちが。
泣いてる時も笑っている時も、雪だって榊の側にいたい。だから一番近くで見ていたい。
もう、言ってしまおうか。バレンタインという行事に乗じて、秘めた気持ちを伝えてしまおうか。
もし、そうすれば榊はどうするのだろう。何度も何度も考えた結論が、雪の頭を過る。
きっと困った顔で、けれど嫌そうにはせずに受け止めてくれるはずだ。それが榊 哲太だから。
でも、そうじゃない。雪がしたいことはそうじゃないと、雪自身、わかっていた。だって雪は、その笑顔を一番近くで見ていたい。
好きにさせてくれてありがとう。多分ずっと、榊のことが好きだよ。だからどうか、幸せになって。榊が一番、好きな人と。
そう願うと不思議と目元の熱は引き、榊が心配する前にどうにか顔を上げることができた。
朝から大切にしまっていたチョコを鞄から出し、榊に渡す。
「俺からも」
すると、榊は目を点にしてそれから嬉しそうに、少し照れたように笑った。そして「ありがとう」と言ってくれた。
勝手に恋を終わらせた。けれど悲しい気持ちはなかった。ただ、あるのはこれからも榊の側にいられるという安心感。
もう、それだけで十分だ。そう思いながら、月明かりの下、二人でチョコを食べ、笑い合っていた。
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