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そう思い起こすのは、既に遥か彼方に仕舞い込まれた記憶の一つ。
後に青春と呼ばれる高校時代のものだ。
「榊〜榊〜。」
「なんだよ、南沢。用があるなら手短に要領良く頼む。」
「手短に要領良くって、先生みたいなこと言う…。」
ほとんど一方的ではあるが会話っぽいものを交わしてから、約3ヶ月。
相変わらず、哲ちゃん基、榊は冷静沈着を顔に貼り付けたような男だ。
例えば、授業態度一つとってもそうで、先生に当てられると俺なら焦って無意味に周りを見るが、榊はそんなことしない。
焦る素振りなくこなすし、更には英語の発音が良いと外国人講師に褒められても「Thanks.」と無表情で謝辞を述べる。
また、誰に対しても「なにか用?」と突き放すように言うし、趣味は読書と言わんばかりにいつも本を読んでいる。
そんな榊をクラスの男子は、裏で「サイボーグ」と呼んでいたし、女子は「とにかく、塩」と噂していた。
かくいう俺も、あまりの塩っぷりにしょげかけていた。
だが、人は忘れられない瞬間というものがあるものだ。
俺にとってはそれが榊だった。
「そうか?俺はいつもこんな感じだ。それより、なんか用だったか?」
「用っていうか、榊って夏休み何してんの?」
若干、言い淀みながらもそう聞くと、榊はしっかりと栞を挟んで読みかけの本を閉じた。
「夏休みは週に3回から4回バイトをしている。その他は大抵は家にいるか、弓道をしている。」
「あ、そ、そうなんだ。弓道か。」
「なんだ、意外か?」
「ぜ、全然?ってかさ、夏休み暇な日があれば俺、お前と遊びたいんだけど、どう?」
思わず、挙動不審になっていた。だってまさかだ、俺の質問に真摯に答えてくれるだけではなく、弓道のことまで打ち明けてくれるなんて。
榊が弓道をしていたと知ったのは、去年のことで俺が榊を諦められない理由もそれだった。
妹の試合の応援で行った会場で、一際目立つ存在を見つけた、それが榊だったんだ。
まるで一枚の板のように伸びた背筋、弓を引く力強い腕、的を見据える凛とした眼差し。
弓を放つその瞬間も、放った後も弓をじっと見つめる姿も、一瞬足りとも目を離したくない。
いや、むしろ離せない。
妹曰く、「それ、一目惚れでしょ?」らしいのだが、生憎俺も彼も同じ男性だ。
それなら、せめてと、以来、どこかで会えたら絶対に仲良くなりたいと願い続けていたのだ。
だから、このチャンス、絶対に逃せない。
「俺と南沢が?それこそ意外だな。」
感触は正直、悪くはないはずだと、榊の驚いたような声を聞いて思った。
ならば、と俺は心を固める。
「意外かな?そんなことないんじゃない?ほら、連絡先教えてよ。俺が読み込む?榊が読み込む?」
「読み込む?って、どうやるんだ?」
やや強引なのは俺の専売特許として、許してほしい。
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