27人が本棚に入れています
本棚に追加
/126ページ
俺の彼氏が可愛すぎる件について。
悩みというのは、恐ろしいものだと俺、榊 哲太は身をもって痛感していた。
なぜなら俺の悩みはある人にとってはとてつもなくくだらなくて、「え?それが悩み?」と鼻で笑い飛ばされるような、またある人にとっては「本気で言ってる?」と半ば怒りを滲ませた声で説教されるような、そんなありふれたよくある悩みだからだ。
例えばそれが、誰しもが思わず共感してしまうほどの悩みならば、ある人もまたある人も「それは大変だね。」と同情の言葉を掛けてくれたのかもしれない。
そして俺も心痛な声で頭の中を占める悩みを打ち明けていたのだろう。
だがしかし、そんなことは所詮、空想上のありもしない御伽話にしか過ぎないのだ。
「でさ、哲ちゃん!って聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。部長さんがどうしたって?」
だって、だ。誰が想像できるだろうか。
「俺の彼氏が可愛すぎて悩んでいます」と、心の底から真剣に思っているなんて。
「納期を早めるのはまだ100歩譲って頑張れるよ?」
「そうか。」
「でもさ、同時に新しい企画立案とか!もう、身体がもう一つないと無理だっつーの!」
「たしかに。それはしんどいよな。」
馴染みの店の焼き鳥を頬張り、愚痴を言う男の名は南沢 雪。
俺の恋人であり、俺を四六時中悩ませる張本人だ。
「哲ちゃん〜俺にできるかな?」
雪が言う「部長」とは、雪の勤める会社の上司の芹沢さんのことだ。
雪の会社はいわゆる「IT関連」の会社で、雪は入社当初から企画開発部に属している。
部長さん基、芹沢さんは雪が入社する何年も前からそこの会社勤めをしている、雪が言うには企画開発部のホープだとか。
部長が、部長がと愚痴を溢しつつも、結局のところ雪はホープの芹沢さんを崇拝しているのだ。
「できないなら、辞めるか?雪が仕事を辞めても俺はお前を養えるぞ?」
その証拠に、俺が敢えて意地の悪いセリフを言えば雪は決まってこう言うからだ。
「…辞めないし、養ってもらうなんて冗談じゃない!こう見えても俺、仕事大好きだからな!」
そう、南沢 雪という男は非常に心が熱い男なのだ。
もしも誰かに、南沢 雪ってどんな人なのかと聞かれれば俺はこう答える。
「曲がったことが大嫌いで、仕事が大好きで何事にも真っ直ぐで素直な奴」と。
「マスター、次、ハイボールで!」
「はいよ〜。今日もいいペースだねぇ。」
「そうっすか?焼き鳥のタレが美味すぎるからじゃないっすかね?」
おまけに来店して20分足らずで2杯目のハイボールを意気揚々と注文し、毎週金曜日に通い詰めているせいで顔馴染みになったマスターと他愛無い会話までしている。
(ちなみに、雪の好きな焼き鳥はモモ串とつくねと手羽先のタレ味が好みである。)
これだけ聞けば、雪のことを誰もが「陽キャな男」として認識するだろう。
仕事に真面目でコミュニケーション力が高い、男らしいモテ男だと。
すると、疑問に上るのは必然的に俺の悩みとなってくるわけだ。
だって、可愛すぎてなんて思うところ、一切なかっただろう?
「あの〜隣の席、いいですか?」
「どうぞどうぞ。」
余所余所しく、けれどもはっきりとした意思を持った高い声の女性が雪に声を掛ける。
俺としてはもうその事実だけで、頭痛が始まってきたというのに肝心の雪ときたら、おそらくそこに含まれる好意なんて微塵も感じていないのだろう。
その証拠に、雪の横顔しか見えない俺の位置からでもわかってしまう。雪が今、でかい瞳を柔らかくして目尻を下げ、優しく微笑んでいることを。
だが、こんなのは序の口である。
俺を悩ませる問題はこの先に待ち受けているのだから。
最初のコメントを投稿しよう!