俺の彼氏が可愛すぎる件について。

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赤茶色のふわふわ髪のてっぺんを俺に見せつけながら、謝るなんて誰が予想できただろうか。 おそらく、あの教室にいた誰もが予想もしていなかったはずだ。 なぜなら、男は歴とした「陽キャ」で俺は歴とした「陰キャ」なのだから。 突然の公開謝罪に依然として静まり返る教室の中、どうする?という暗黙の空気を断ち切ったのはまた意外なことに、赤茶色のふわふわ髪の男だった。 「あの、さ。俺、実を言うと本とか全然読まないし、榊くんが教えてくれた小説のおすすめコーナー?を見たこともなくて。俺が本屋行く時は漫画のコーナーしか行かないし。」 目線を下に向け、言い訳のようにそう語る男を俺はただ、じっと見ていた。 「って、それはどうでもいいのか。ああ〜もう!つまり俺は、ずっと榊くんと話してみたかっただけなんだ!良かったら俺と友達になってくんない?」 え、とか、何で俺、とか。多分、その辺りの言葉を何かしら発していたのだとは思うが、生憎記憶にはない。 唯一、記憶にあるのは、赤茶色のふわふわ髪の男の顔が、揺れる髪の色と同じ色に染められていたことと、遠慮がちに差し出された手がほんの僅かに震えていたこと。 「えっと、俺で良ければ?とりあえず、名前。教えてくれる?」 そして、教室中の視線が突き刺さる中、俺らしくもない言葉を発していたことだけだった。 ようやく、「赤茶色のふわふわ髪の男」から「南沢 雪」という名前に俺が認識できたのは、入学してから2週間後。 5月の連休を目前とした、4月の終わりだった。 「ちょい、哲ちゃん!聞いてんのか?」 「え、ああ。ごめん、聞いてなかったわ。」 若かりし頃を思い起こしていたせいで、どうやら雪の話を完璧にスルーしていたようだ。 気が付けば雪の手には、口のつけられていないビールが握られており、皿にはタレがたっぷり染み込んだ手羽先が乗っかっていた。 「だから!今度の連休、久しぶりに俺もちゃんと休み取れそうだからどっか行こうって前から言ってただろ?」 今度の連休とは、世間で言うところの夏休みである。 役所勤めの俺の方が暦通りに休みを取れることもあって、雪が休みを確保できるなら旅行でもしようかと話していたのだった。 だが、今、その話題をするのは非常にまずい。 ああ、俺はどうしてさっきまで若かりし頃の思い出を頭で再生してしまったのだろうかと、即座に後悔の念が頭を埋め尽くす。 なぜなら、この話題と本日3杯目となるアルコールのせいで、俺が危惧する状況に追い込まれることは確実だからだ。
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