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「あのさ、雪。その話は家に帰ってからしないか?ほら、雑誌とかネットとかで調べながらさ。」
「はあ?ってことは、哲ちゃん!まさか、俺との旅行どこ行きたいかまだ考えてなかったってこと?」
ああ、藪蛇だ。と、思ってからでは遅いもので、こうなると雪は意固地になるのだ。
普段は柔らかい雰囲気を纏いながらも、上司だろうと少しばかり生意気な部下だろうと言うべきことをはっきりと言い、誰もが頼れるリーダー的存在だと崇められる男だが、酒が入ると少しばかり人が変わってしまう。
「ああ〜いや、ちゃんと考えてるよ?たまには飛行機でも乗って北海道に行くとか。雪の好きな寿司をたらふく食べるとかな?」
「なんだ、ちゃんと考えてるじゃん。」
「当たり前だろ?けどさ、具体的に計画するならいろんな情報が必要だろ?ほら、パソコンとかさ。」
「え?それなら俺、持ってるけど。」
そうだった。雪は仕事柄、パソコンを持ち歩いてるのだ。
雪が意気揚々とでかすぎるリュックのファスナーをジーッと音を立てて開き、パソコンを俺と雪の間に置く。
もちろん、起動させることを忘れずに。
「実は俺もさ、北海道行きたいなって思っててさ。哲ちゃんも同じこと思ってくれてたなら、今回は北海道で決まりでいいよね?」
「ああ、それはもちろん、全然いいんだけど…。」
「じゃあさ、せっかくだから3泊くらいしちゃう?で、寿司食べて哲ちゃんの好きなスイーツも食べて〜あと、レンタカー借りてさ、観光スポットとかも行っちゃおっか?」
「ああ、それはすごくいいプランだな…。」
ウキウキ、という言葉がこれ以上ないくらいに、はしゃぐ雪の口はマシンガンだ。
早速、カタカタと検索のワードを打ち込むキーボードの音が聞こえる。
楽しげにしているところ非常に申し訳ないのだが、雪。お願いだから、そちらのお嬢様達の方に顔を向けるなよ?
そう願う時ほど大抵は無駄に終わると自覚してはいるものの、願ってしまうのは俺が懐の小さい男だからなのだろうか。
雪、お前は全く気付いていないだろうから敢えて俺が忠告してあげよう。
アルコールが程よく入ったお前は、可愛くなるんだ。
しかも、俺とのことを話す時は特に。
「お兄さんたち、2人で旅行行くんですか〜?」
旅行、というキーワードを聞きつけた隣席の若いお嬢様達が雪に話を振る。
その瞬間、俺は悟った。
ああ、今日も俺の危惧していたことが起こるのかと。
そしてまた、俺の頭を悩ませることになるんだ。
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