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「そうなんですよ〜やっと死守した連休だから、めっちゃ楽しみで!」
「ええ〜お兄さんなんか可愛いですね〜。」
赤茶色の髪の後頭部しか俺には見えないが、見えなくても大体はわかるのが出会ってから10年目、恋人になってから8年目の暦が語るものだ。
きっと、今、雪の頬はほんのりとピンク色に染まっている。そして、大きな瞳は嬉しそうに優しくカーブを描いている。
こうなったらもう、俺にできることは残念ながら無いに等しい。
残る手はただ一つ。その時が来るのは意外にも遅くないはずだ。
本日一杯目のサワーを喉に流し込み、皿に乗っかっていた皮と砂肝の串を手に取り、なるべく早く咀嚼する。
「だって〜彼氏との久しぶりの旅行だよ?最高にいい思い出にしたいじゃないですか〜!」
「え、彼氏?って、お兄さん冗談きついよ〜!」
そう、残す手というのはすなわち、雪本人による自白、基、自爆とも言う。
というのは、酒が抜けた翌日にそのことを雪に話せば必ず、後悔するからだ。
後悔と言っても俺との関係を、ということではなく、俺が再現した雪本人の可愛さっぷりに吐き気がするらしい。
「ええ?冗談?まさか!だって俺、哲ちゃんと付き合ってもう8年目だし〜俺、哲ちゃんのことめちゃくちゃ愛してるから!」
しまった、咀嚼が間に合わなさそうだ。
と、雪の自白とお嬢様達の唖然とした「そ、そうなんだ〜。」を耳にしながら、恋人と認識された片割れの俺は場違いなことを思っていた。
けれども、食べ物を残すというのは、俺のセオリーに反する。
残っていた砂肝を一気に口に入れ、咀嚼のスピードを上げた。
目的はもちろん、この可愛すぎる恋人がこれ以上、可愛すぎることを世に晒す前に、無事に家に連れ帰るためだ。
「哲ちゃんって俺の彼氏なんだけどさ〜初めて会った時はめっちゃ愛想悪くて、いつも仏頂面だったわけ!でもさ、大好きな推理小説を読んでる時だけ幸せそうな雰囲気になってさ〜正直、嫉妬しちゃったんだよね〜!」
唖然を通り越して「引いている」お嬢様達の雰囲気に気付くはずもなく、雪は俺との出会いを鼻高々に語っている。
一方の俺は、砂肝を咀嚼することに必死になっていた。
ああ、よりによって砂肝をなんで注文したんだ、俺!と、毎度ながら後悔することを懲りもせずに変わらず今日も後悔しながら。
雪の声に耳を傾けると、出会いの高校一年生エピソードから今は付き合うことになった高校3年生に話が進んでいるようだった。
そうなると尚更、まずい。と、俺が思う理由は2つある。
1つ目は、しつこいことは甚だ承知済みであるが、俺が危惧して止まない雪の可愛いすぎる姿を俺以外に晒してしまうこと。
そしてもう1つは、恋人と認識された俺にフリが来ること。
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