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「ね?俺の彼氏、かっこいいしょ?」
「そ、そうですね!」
お嬢様達の肯定の声が、一際高い音となって俺の耳に届いた。
この声の意味は至極簡単だ。
かっこいいと思っていた人が実は彼氏を溺愛していて、ちょっと幻滅、と思ったところにかっこいい顔で可愛く自慢をする。
つまり、ギャップ効果というやつだ。
ということは、俺がしつこいながらに危惧していた件が見事、雪の偉大なる無防備さによって大変残念なことに叶ってしまったということになる。
大変遺憾であるが、それを阻止できなかった俺にも問題があるのだ。
例えば、俺が座る角の席に雪を座らせれば良かったとか、大好物の砂肝ではなく、雪と同じモモの串にすれば良かったとか。
だが、現状、後悔しても今更ではある。
半ば形が残ったままの砂肝をごっくんと飲み込み、2つ目の「まずい」理由が現実にならないよう、マスターに「お会計を」と声を掛けた。
「お姉さんたち、うちのがご迷惑をおかけして申し訳ございません。ほら、雪。そろそろ帰るぞ。」
「え、もう帰るの?俺、まだお姉さんたちとお喋りしたかったのに〜!」
「いいから、ほら。立って。」
「ええ〜」と渋る雪を無理矢理に立たせ、入り口付近のレジでお会計をするために雪を待合の椅子に座らせた。
「毎度ありがとうねぇ。」
「今日も美味しかったです、マスター。騒いじゃってすみません。」
最早、焼き鳥屋「美鳥」に通い詰めるようになり4年目の俺たちは、マスターからしてもすっかり「常連」の枠組みに入れてくれたらしく、会計の際にちょっとした世間話をすることが楽しみでもある。
(ちなみに、マスターの厳つい外見からは想像できない穏やかで特徴的な語尾が、なんとなく俺のツボだ)
俺たちの関係を公にしたり、マスターに言ったりはしていないものの、きっとマスターは俺たちの関係を知っている、と俺は思っている。
マスターのちょっとした気遣いに幾度となく助けられている事実が、俺にそうだと思わせる証拠みたいなものだろう。
「全然〜賑やかで嬉しいよぉ。けど、連れのイケメンくん、大丈夫?」
「え?ああ、大丈夫です。ああ見えて大して酔ってないんで。」
大丈夫と聞かれれば一般的には、酔っ払った連れ、大丈夫?と解釈する方が妥当だろう。
だが、マスターが言う「大丈夫?」はいわゆる一般的な枠には入らないのだったと思い直し、慌てて後ろを振り向いた。
「お兄さん、酔っ払ってんの?大丈夫?」
「俺ですか?全然、酔っ払ってないっすよ〜。」
一難去ってまた一難とは、こういうことを言う。
まるで、教科書の例文に出てくるような状況に深い溜め息をついてしまったのは許していただきたい。
「あの、すいません。こいつ、俺の連れなんで。」
雪を覗き込む若い男たちから遠ざけるように、雪の腕を引っ張り立たせる。
その時点での俺の心はこうだ。
会計も済ませた、トイレはまあ、行きたくなったとしても俺がついていけばいいし。
今度こそ俺の危惧するトラブルは起きないはずだ、と。
詰まるところ、安堵感で腹一杯に満たされていたわけだ。
それゃあ、もう、少しの危機感もなく。
雪の程よく筋肉のついた背中に俺は自身の腕を滑らせ、足元を浮つかせていた。
具体的に言うならばおそらく、2センチほどの浮つきが俺を、窮地に追い込むことになる。
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