君の匂いも声も温もりも全部忘れない

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彼女は僕の腕の中で静かに天国に逝った。しばらくは暖かった。僕は彼女の匂い、声、温もりを全部忘れずにいようと誓った。 僕には大学で出会った彼女と付き合っている。社会人になった事をきっかけに同棲している。今日は車で2人で出かける日だ。 「美咲、そろそろ行くよ」 「ちょっと待ってー!今行く!」 玄関から出てきた美咲と車に一緒に乗り込んだ。 ここから30分ぐらいのスイーツ店に行く予定だ。彼女はスイーツが大好きで時々スイーツ巡りをしている。 「優太、今日は運転お願いします!」 「任せて、安全運転で行きます」 僕はナビをセットして家を出た。 30分程して目的地に着いた。道は混んでなくスムーズに行けた。 「美咲、着いたよ」 「ありがと!!食べに行くぞー!」 僕は彼女と一緒に店に入った。 「いっらっしゃいませ、窓側のお席にどうぞ」 僕たちは店員に案内され、席に着いた。僕は彼女にメニューを広げた。 「美咲はどれ食べたい?」 「んー!全部美味しそう!悩むー」 美咲はとても真剣に悩んでた。メニューと睨めっこだ。 「これにした!」 彼女は抹茶パフェを選んだ。 「他には何と悩んでたの?」 「んー、他はほうじ茶のプリンかなぁー」 「じゃあ僕はそれにしようかな」 「え!好きなの選べば良いじゃん!」 「これがいいんだ、君に1口あげたい」 「ゆうたぁー!ありがと!」 僕は店員さんを呼び抹茶パフェとほうじ茶のプリンを注文した。しばらく美咲と話していると注文したものが届いた。 「わぁー!美味しそう!」 美咲は写真を撮り始めた。何枚か撮ったら満足したのかスマホを片付けた。 「美咲、1口どうぞ」 「ありがと!!いただきます!」 僕は美咲の口にプリンを運んであげた。美咲はいつも大袈裟って程喜んでくれる。それを見るのが、とても好きだ。しかし今日の反応はいつもと違った。 「、、、、」 「美咲?どう?」 何故か動揺していた。そのまま黙ったまま、自分の抹茶パフェを1口食べた。 「どうしたの?美味しくない?」 「優太、プリンもパフェも味がしない」 「え、味がしない?」 僕は自分のプリンを食べた。しかし、しっかりと甘くほうじ茶の味がする。 「美味しいけど、、味がしないってどゆうこと?」 「分かんない味がしないの、、!」 美咲は急に味がしない事にパニックになったのか泣きそうになっていた。 「美咲、落ち着いて。大丈夫だよ」 美咲はもう食べる気は無くなったようで僕がプリンと美咲のパフェを食べ、店を出た。しばらく、黙っていたが車に乗り込んだところで美咲が口をひらいた。 「私の体に何が起きてるの、、」 車に乗ったことで糸が切れたのか泣き出してしまった。 「大丈夫、きっと疲れたんだよ。心配なら明日病院行こう、僕も一緒に行く。」 僕は大丈夫とは言いつつ、もの凄く不安になった。 次の日僕達は病院に行って、検査した。今は結果を待つために病院の椅子に座っていた。 目の前のドアから看護師さんが出てきた。 「お待たせしました。こちらへどうぞ」 中に入ると先生が座っていた。 「鈴木と申します。お2人ともこちらにおかけ下さい」 「先生、私の結果はどうだったのでしょうか」 「美咲さんの検査結果が出ました。美咲さんは五感消失症です。」 聞いたことない病名だった。先生は話を続けた。 「五感消失症とは人間の視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚が失われることです。そして寿命が極端に減ってしまう病気です。美咲さんの寿命は残り数日程度だと思われます。」 僕は焦った。そんな現実味がない話をされても理解が出来なかった。 「先生、その病気は治療法はないんですか!」 「全然ながら治療法は見つかっておりません。発症してる人が少ない病気で謎が多く解明されてない病気なんです」 僕は絶句した。そんなのどうしたら良いんだ。 「先生、私はどうしたら良いんでしょうか」 美咲は虚ろな目をしながら先生に問いかけた。 「病院で入院することも出来ます。しかし最善は尽くしますが延命はできないかと思います。ですから自宅で最後の時を過ごすのも可能です」 「最後の時ってなんですか!!そんな美咲が死ぬみたいな言い方しないで下さい!まだ生きる可能性があるかもしれないじゃないですか!どうにかしてください、、!」 「お力になれず大変申し訳ありません」 僕は医師が最初から治す気なんてないように感じた。だから思うままに叫んだ。でも本当は治らないんだと分かっていた。認めたくなかっただけなんだ。美咲が死んでしまうことに。 家に帰る頃には夕方だった。美咲は入院せずに自宅にいる事した。 「優太があんなに怒ってるの始めた見たよ!びっくりした!」 「あんなの治す気がないって言ってるようなものだよ」 美咲は思いのほか元気そうに見えた。余命宣告されてなんで落ち込まないのか、無理をしているのではないかと思った。 「美咲、無理してない?しんどくない?」 「大丈夫!って言いたいけど正直つらいよ」 僕は焦った。やっぱり隠してるんじゃないか。すぐに寝た方が良いと伝えようとしたが、 「でも!余命がないからってずっと寝たきりなんてヤダ!残り少ないならその時間を優太と大切に過ごしたい!これは私の最後のわがまま、いつも通りが良いの」 美咲も辛かったんだ。それでも嘆くことなく、前を向いている美咲に僕は泣きそうになった。美咲が頑張ってるのに、僕がいつまでもクヨクヨしていられない。 「最後のわがままなんて言わないでもっと言ってよ。今日の夕飯は何が食べたいとか」 「じゃあハンバーグ!中にチーズ入ってるやつ!あとデザートにアイス!」 「じゃあ今日は一緒に作ろう」 僕達は家の中の材料でハンバーグを作った。ハンバーグは順調に出来上がり美咲と食卓に運んだ。 「いい匂いー!!お腹すいちゃった!」 僕は椅子に座ったが、料理中ずっと考えてた事がある。きっと美咲にはもう味覚がない。 それなのに美咲は嬉しそうだった。 「美咲、味覚ってまだ感じるの、、?」 「それがもう全然感じないんだよね、匂いはめっちゃいい匂いするのに!」 美咲はイタズラをした子供のように笑った。 「辛かったら無理に食べなくて大丈夫だよ」 「いいのー!味なんて関係ない!優太と一緒に料理した事が大事だし、一緒にご飯食べる事が嬉しいの!」 美咲はハンバーグを頬張った。 「美味しいー!はずっ!多分!」 美咲はとても笑顔だった。僕もハンバーグを食べた。 「うん、凄く美味しい。もうお店の味だよ」 「まじかー!私たち料理のプロじゃん!!」 雑談しながらハンバーグを食べ、美咲のリクエストのアイスを食べた。片付けをして今日は二人で眠りについた。 「おっはよー!優太!ご飯だよ!」 僕は美咲に起こされた。ご飯のいい匂いがする。 「ん~今起きる」 リビングに行くといつもより豪華な朝ごはんが用意されていた。 「じゃじゃーん!今日は頑張って見ました!どうでしょう!」 「凄く美味しそう、美咲凄いね」 「でしょでしょ!早く食べよう!」 僕は美咲と朝ごはんを食べながら雑談していた。 「私、多分嗅覚ないかも」 「、、、!そっか。体調は大丈夫?」 「全然大丈夫!特に問題なし!」 「分かったよ、無理はしないでね。明日は僕が朝食作るね」 しかし美咲の体調が悪化したのは次の日だった。 僕はいつもより早起きして朝食を作った。美咲を起こしに行こうと寝室に向かうとベットの上で美咲が膝を抱えて座っていた。 「美咲、、?起きてた?」 「優太?どこ?」 僕は察した。美咲に駆け寄り抱きついた。 「大丈夫だよ、僕はここにいるよ。先に朝食作ってたんだ。」 「私見えないんだよね、もう真っ暗。」 「うん、、今日は美咲から離れないからね。ずっといる。」 「ありがとう、頼りにしてる」 「ご飯食べれそう?」 「ごめん、、起きてから体がだるくてもあんまり食欲がないんだ。せっかく作ってくれたのにごめんね」 「気にしないで大丈夫だよ、お粥だったら食べれる?」 「食べれると思う、お願いしてもいいかな」 「もちろん、ちょっと待ってて」 僕は急いでお粥を作って美咲に食べさせた。今日の美咲はずっと寝込んだままだった。 目が覚めたら朝だった。美咲のベットの横で寝落ちしたみたいだった。まだ美咲は寝ていた。あと美咲に残っている感覚は、聴覚と触覚だけだ。今までのことに考えればどちらかが失われてるだろう。僕は泣きそうになった。でも美咲が泣いてないのに僕が泣く訳にはいかなかった。 「優太、、」 「美咲、、!いるよ!」 「良かった、最後に残ったの聴覚みたい。昨日のダルさが全然ないんだよね。体調は良くなったって考えたいけど触覚が無くなったせいだろうな、、」 「美咲、、」 「今日はいっぱいおしゃべりしよう」 僕は美咲と思い出話で盛り上がった。一生この時間が続けばいいのに思った。でもそれは許してはくれなかった。 「懐かしー!あの時の優太は傑作だった!」 「恥ずかしいからやめてよ!」 「優太といる時が1番楽しいや、ホントに今までありがとね」 「これで最後みたいな言い方しないでよ、、!」 「何となく分かるんだよね、感覚はほとんど無いのに不思議」 「美咲、、、」 「病院で優太怒ってくれたでしょ?凄く嬉しかったんだ。変だよね、自分が死ぬのに嬉しく思うなんて。でも優太が私の事大切に思ってくれてたんだなって思ったんだよね。凄く嬉しかった。いつも通りの日常って当たり前じゃないって思った、優太がいる生活が当たり前じゃないと思った。優太は私の大切な人、大好きな人。最後に残ったのが聴覚で良かった。声を聞くだけで見えないはずの顔まで見えてくる気がする、嗅覚はなくても大好きな優太の匂いは忘れることは無い、今まで連れて行ってくれたスイーツの味も手料理も覚えてる、優太の優しくて暖かい温もりだって大好き。優太今までありがとう。大好きだよ。」 僕は美咲に抱きついた。 「僕も大好きだよ!君の匂いも声も温もりだって忘れない!君がいる日常は毎日特別だった!大好きだよ、、!」 「私も大好き、ずっと見守ってるね」 「僕のこと見ててね、目離したらダメだよ」 「ごめん、、そろそろ寝てもいいかな」 「いいよ、おやすみなさい」 「おやすみなさい」 美咲は弱々しく呼吸をしていたがしばらくしてから呼吸をしなくなった。もう動く気配がなかった。美咲はまだ暖かった。僕は美咲を抱きしめながら眠った。
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