雨の音と海の音

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雨の音と海の音

 小糠雨の祝日の午後。僕はテーブルに肘をついた格好でマネキンと化していた。  雨に濡れたアスファルトを走る車の音に耳を傾けていると、その音が海を連想させた。雨の音と車の音が混じり合うとそれはもう海の音だった。僕は海にいた。  父が言ってたっけ。雨の日はアオリイカが釣れない、と。釣りをやらない僕にはなんにも役に立たない豆知識だけど、こういうどうでもいいことはいつまでも記憶に残ってたりするんだ。大切なことをいとも容易く忘れちゃったりするのにね。  彼女から電話がかかってきた。何かを訴えてるようだけど言葉が聞き取れない。 「いま、海にいるんだ。よく聞こえないよ。ちょっと待って」  僕はワイヤレスイヤホンに切り替えた。「どう? 聞こえる?」  彼女の声は薄らと聞こえるけれど、僕の声はまったく届いていないようだ。何なんだろう? そんな付き合い方をしてきた僕への当てつけなのか。  しばらくすると彼女の声も聞こえなくなった。  もう、海の音しか聞こえない。さざ波の音と海面を打つ雨の音が混じり合うと、僕は一人ぼっちの部屋へと戻っていた。  痺れた右手でイヤホンを耳に詰め直して、雨の日には釣れないと父が言ってたアオリイカと交信してみることにした。久しぶりに誰かと話したい気分だった。言い換えれば、僕はそれくらい一人ぼっちだった。  無音のイヤホンに耳を澄まし海を泳ぐアオリイカに思いを馳せる。  自然をたたえ、生物をいつくしむ日の午後に。
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