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私が選び出したのは、庭の桜の木だった。
生来桜を好んでいた妻の入れ代わりの相手としても相応しい。その時は、そう思ったのだ。
庭に咲く桜の木を見ながら、何度も迷った。もし、この木を切り倒してしまえば、即座に妻は転生出来る。規則上、そこに罰則などはなかった。実際、転生先を決めた後すぐに、道具も用意していた。
やろうと思えば、今すぐに妻をこの世に呼び戻せる。しかし、道具に手をかける寸前で、妻の笑顔がちらつくのだ。彼女がもし、こんな手段で転生したことを知ったら、どう思うだろうか。
もちろん、私が黙っていればいいだけだ。転生後の妻と話せるかどうかもわからず、伝える術もないかも知れない。
それでも、妻の新しい人生を汚してしまう気がして、どうしても踏み切れないのだ。
桜の木に苛立ちをぶつけようと振り上げた手を下ろす。私は何度となくそれを繰り返していた。
桜の寿命が尽きるまで、私は我慢していられるだろうか。
私は桜が嫌いだ。
それでも、ほんの僅かな間だけ美しく咲き誇る姿を、妻の人生に重ねずにはいられないのだ。
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