桜の向こうに君がいる

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 私は桜が嫌いだ。  私の家の庭には立派な桜の木が生えている。毎年春になると淡い桃色の見事な花をつけ、見るものを魅了する。  私はこの桜を見るたびに、苦々しく思うのだ。この桜の木がこの場所で枝葉を広げて、今年で十二年になる。平均的な桜の寿命は六十年程度と言われる。つまり、あと五十年近くはここに存在し続けることになる訳だ。  朝の出勤前、私は仏壇に手を合わせることを日課としている。遺影の妻は、ずっと変わらない優しい笑顔でこちらを見ている。今年も桜が咲いたことを伝えれば、彼女はきっと喜ぶのだろう。  八年前、彼女は突然私の前からいなくなった。空から降ってきた鉄骨に、彼女の生命は踏み潰されたのだ。不幸な事故だと人は言った。この世に不幸でない事故などあるものか。生命の代わりにお金を貰っても、彼女が帰ってくることなどないのだ。 「行ってくる」  妻に挨拶して、私は家を出た。  毎日繰り返す通勤。同じ道、同じ時間。すれ違う顔ぶれすらも同じ。満員の電車に揺られながら、虚しさすら感じる。
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